こちら東京・水道橋のテニマガ編集部。ただいま取材中ではなくデスクにて作業中。

インターハイ記録集、順調に進んでいます。
(7月21日発売テニスマガジン9月号別冊付録/1970-2006年団体・個人記録集)

が、ときどき壁にぶつかります。今日はこれをご覧ください。

画像1: 今から数十年前の記憶をたどれますか?

昭和62年(1987年)北海道インターハイのシングルス結果です(現存する資料)。
注目していただきたいのは、次の箇所です。

43 丸山弘道さん(東京・玉川学園)
44 松永晃一さん(岡山・関西)

おふたりのスコアがなぜか「7-4」になっています。
ひいーーーーっ
(どうしよー、やだー、これはきっと調べたら時間がかかるー、というのが本心です。
 しかし立場上、逃げられませんし)

さて、どうするかです。
この年は、1回戦はすべて1セットマッチでタイブレークを採用しています。
ということは、6-6でタイブレークをやって7-4ということだったか。つまり「7-6」の間違い。
または「7-4」の「4」は正しくて「6-4」かもしれない。

そんな想像をしていても答えには結びつきません。
うーんと考えましたが、はっ!とひらめきました。本当です。
このお名前どこかで見た気がします。
検索してみると、ありましたよ。 
車いすテニス日本代表チーム・コーチのお名前に丸山弘道さんが。
年齢的にはどうだろう? 30半ば過ぎ…近づいている気がしました。

次に目に留まったのが、
この大会で決勝に進んでいる現在、亜細亜大学テニス部の森稔詞コーチ。
(森さんは大阪・清風出身。決勝で東京・堀越の岡田岳二さんに敗れて準優勝でした)
さっそく電話して聞いてみました。

「あのー、つかぬことを伺いますが、
 森さんにはまったく関係ない話なんですが、
 昭和62年のインターハイ1回戦で…」
「あ、それはTTC(吉田記念テニス研修センター)の丸山さんですよ」
即答されました。なぜわかる?と疑問もありましたが、次に進むことにしました。

さっそくTTCに電話して丸山コーチに尋ねます。
「あのー、つかぬことを伺いますが、
 昭和62年のインターハイの1回戦なんですけど…」
「それ、憶えてますよ。僕が5-0でリードしていたんですけど、
 5-6にひっくり返されちゃって、
 タイブレークをやって7-4で勝ったんです」

なんと克明に憶えていらっしゃるんでしょう。
みなさん、20年も前の出来事をぱっと思い出せます?
わたし(→編集部A)は少なくとも20年前のあのとき何をやっていたかなんて
まったくわかりません。

さて、この件に関する調査時間はざっと15分で、
あっという間に問題が片付いたから、今日はいい日だなーと思っていたのもつかの間、
そんなに甘いもんじゃありません。次なる壁がやってきました。

昭和57年(1982年)鹿児島インターハイ結果(現存する資料)です。

画像2: 今から数十年前の記憶をたどれますか?

まず見て驚くのは、現在テニス界でご活躍されている方が
ずらりと並んだこの対戦表ということで、
いやいや、それが話題ではなく、問題となるのが、
準決勝以降、すべての対戦にDEF(棄権)があるということ。
何か怪しい…
これはひょっとして記述違いではなかろうか?
打切りの試合もあったのではないか?と疑問がわいてくるのでした。

今日はもう夜です。
この件は裏をとるのにそうとう時間がかかりそうなので…続くっ!

楽をしようというわけではありませんが、ご存知の方がいらっしゃったら教えてください。

(編集部A)

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