画像: 【2005年7月16日】恐るべき闘志!オリックス・仰木彬監督、70歳の退場

【2005年7月16日】恐るべき闘志!オリックス・仰木彬監督、70歳の退場

中央の黒いサングラス姿が仰木監督
プロ野球の歴史の中から、日付にこだわって「その日に何があったのか」紹介していく。今回は7月16日だ。
2005年、近鉄と合併したオリックスは、オリックス・バファローズと球団名を変えた。そして、その初代監督となったが、2チームで監督、さらに優勝経験を持つ仰木彬だった。70歳での監督就任は、当時の最年長でもある。
当時、再編問題でオリックスは敵役のように言われ、大逆風が吹いていた。仰木監督は、百も承知で難役に就き、それを振り払う意味もあったのだろう。話題作りのパフォーマンスをたびたび行った。
同年7月16日は、仰木監督が70歳2カ月にして退場処分を受けた日だ。ロッテ戦(千葉マリン)、ホームでのクロスプレーでオリックス・谷佳知がアウトの宣告をさせると、「追いタッチでは」と猛抗議。「×××」と活字にできない表現に球審がぶち切れ、通算7度目の退場となった。
「罰金が来ても払わんぞ! 罰金が来るようならパ・リーグ会長も事務局長も退場や!」と試合後も言いたい放題の仰木監督。一般には伏せられていたが、ガンの闘病が続き、体は万全ではなかった。まさに命の炎を振り絞り、新球団オリックスを盛り上げようとした。
結局、同年限りで監督退任。12月15日に死去した。
写真=大泉謙也

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