画像: 広島市民球場で初のオールスター開催【1958年7月29日】

広島市民球場で初のオールスター開催【1958年7月29日】

入場行進では地元のバレエ団の少女たちが一緒。関係者が「手をつないでください」と言っても当初、パの選手は照れ臭いのか誰もつながなかったとか(写真は着色)
プロ野球の歴史の中から、日付にこだわって「その日に何があったのか」紹介していく。今回は7月29日だ。
1958年7月29日は、広島市民球場で初めてオールスターが開催された記念日である。巨人・長嶋茂雄、南海・杉浦忠の立大出身ルーキー対決でも話題を呼び、第2戦の舞台、広島市民球場は立錐の余地もない満員となった。
1戦目は27日、こちらも初開催の平和台で行われた試合はセが5対2の勝利。その後、特急かもめ号で博多から広島までの移動はセ・パ呉越同舟だ。記者たちに囲まれたセの水原茂監督(巨人監督)は、「哲ちゃんは、いつもだったら第1試合がすむと第2試合の前に決まってこう言うんだ。若い者を出して、僕を休ませてくださいって。今年それを言わないのは、これが最後と思ってるのかな......」。
哲ちゃんとは、打撃の神様・川上哲治だ。第1戦は一塁スタメンでノーヒットながら犠飛で1打点を挙げていた。
第2試合、パが初回に1点先制。0対1とリードされたセは、4回から広島のエース、長谷川良平を送る。右ワキ腹を痛め本調子ではなかったが、地元の大観衆の前だ。投げないわけにはいかない。しかしパ打線は容赦なく長谷川に襲い掛かり、打者3人に連続安打を許し、降板。さらに代わった大矢根博臣(中日)からMVPにもなった中西太(西鉄)の代打3ランなどで、この回一挙5点。そのまま8対3で大勝した。
川上は8回に代打で登場し、三振。水原監督の予感どおり、同年限りで引退し、これが最後の球宴となった。
写真=BBM

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