画像: J・モウリーニョの言葉
「フィーリングに欠ける監督に成功はない」

『インターナショナルチャンピオンズカップ』に出場したマンチェスター・ユナイテッドがまずまずのプレーぶりを見せた。2016-17シーズンも6位(ただし、UEFAヨーロッパリーグで優勝したため、17-18シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得)で終えた『赤い悪魔』だが、再建を任されたジョゼ・モウリーニョ監督の指導が浸透してきた成果と見るべきなのだろうか? 『サッカークリニック』の2017年2月号に掲載したジョゼ・モウリーニョ監督のインタビュー記事の一部を紹介する。
取材・構成/アンドリュー・ハスラム 翻訳/山中忍 写真/gettyimages

――マンチェスター・Uの監督にはやり甲斐がありますか?

モウリーニョ 私は成功が約束されているようなクラブを就任先に選んでこなかった。目の前に成功への道が開けているクラブでの無難な舵取りや若干の方向変更だけを求められるような環境を私は求めていない。どのクラブでも苦しみを伴う時期を経験してきた。その上で頂点に立ち、チャンピオンズリーグ(以下、CL)でも優勝した。ポルトガルのFCポルトのときからそうだった。インテルにもヨーロッパ制覇という置き土産を残した。チェルシーでは3年間で2度のプレミアリーグ優勝を果たし、チームを常勝軍団に変えた。レアル・マドリードでも4年ぶりのリーグ優勝と3度のCLベスト4進出に導いている。

――マンチェスター・Uはプレミアリーグ随一のビッグクラブですが、近年、強豪としての貫禄を失いつつあります。

モウリーニョ 厳しい時期に仕事を引き受けたことは認める。理想的な状況ではないが、それが現実だ。私は偉大なクラブで、素晴らしい仕事を与えられたと思っている。今のユナイテッドには(黄金時代を支えてきた)ポール・スコールズもいなければ、ライアン・ギグスやロイ・キーン、そしてブライアン・ロブソンもいない。手元には優れた選手はそろってはいるが、その多くはまだ発展途上にある。すべてにおいて準備が整っている完成品ではない。
チームは困難な時期を迎えているが、それを乗り越えないといけない。私は勝つためにここにいるのだ。その姿勢は就任初日から変わっていない。勝ち続けてこそユナイテッドだろう。

――過渡期を迎え、チームをあとに残したサー・アレックス・ファーガソン元監督からアドバイスを受けるような機会はあるのでしょうか?

モウリーニョ サー・アレックスとの関係で大切なことはアドバイスの有無ではない。互いに理解し合えることに意味がある。以前の私たちはライバルであり、国内外でタイトルを争う関係にあった。認め合いながらもアイディアを出し合ったり、意見をかわしたりできる立場ではなかった。それでも、友情と呼べるものが芽生えた。その関係は今も変わらずに続いている。
監督を引退したあと、日々を楽しんでいる彼の姿を見ると自分もうれしくなる。いつかは、自分も彼のように現場を離れた日常を満喫したいものだ。
だが、それははるか先のこと。今の私には現場での日々以外には考えなれない。ユナイテッドの現場でチームに変革を起こすことに全力を注いでいる。

――監督自身にとっても、マンチェスター・UにとってもUEFAヨーロッパリーグ(以下、EL)を戦うのは異例なことだと思います。

モウリーニョ ELの舞台には今シーズンまで戻ったことなどなかった。言わせてもらえば、私はELよりもCLの歴史に属している監督だ。同じことがユナイテッドにも言える。このクラブにはCLこそがふさわしい。

――ただ、監督の指導キャリアを語る上で、ELはポルト時代の2003年(当時UEFAカップ)にヨーロッパ初タイトルを獲得した意義のある大会ではないですか?

モウリーニョ それはもうかなり昔の話だ。私はその後、どの大会でもどのクラブでもレベルを上げた。よりビッグなリーグで、よりビッグなクラブで、よりビッグな大会で優勝を目指してきた。UEFAカップを制したあと、13年間ヨーロッパのトップレベルの舞台で戦い続けている。その間、監督として最大限の能力と精神力を尽くしてきた。
 プレミリーグ、セリエA、リーガ・エスパニョーラは個人的にヨーロッパの3大リーグと認識している。その3カ国のリーグで監督として成果を残してきた。それが指導者の道を歩み始めた頃からの目標の一つでもあった。
 UEFAカップ優勝当時の私はまだ若かった。その後、CLの舞台で130試合ほど指揮を執ってきたのだ。結果はさまざまだが、ヨーロッパの最高峰で多くの経験を積んできた。

――最大限の能力と精神力を尽くした13年間と話していましたが、成功を手にしてもなお戦い続けるモチベーションは何でしょうか?

モウリーニョ 重要なのは「人間としての在り方」だと思っている。インスピレーション(直感)を感じ続けることのできる人間かどうか――。昔から、自分こそが最大のモチベーションの源だと思ってきた。外的なモチベーションを必要とする人間は、内面からモチベーションが湧き続ける人間にはかなわない。よく、「周りからインスピレーションを受ける」と言われるが、それは文字通り外からの付加的な動機でしかない。自分の内面から湧き上ってくるインスピレーションこそが、その人物にとって最も強力なモチベーションとなるというのが私の持論だ。

――選手も同様であるべきだと考えますか?

モウリーニョ それが理想だ。監督としての私は選手にモチベーションを与える存在であるべきだろう。ただ、内面にモチベーションを秘めている選手であれば、私の存在が付加的なモチベーションとなり、かつてない高みへと導くことが可能になる。ところが、対象となる選手にモチベーションが欠けている状態では、監督の存在が最大のモチベーションの源となってしまい、相乗効果は期待できない。トップの世界では不十分と言わざるを得ない状況だ。

――若手へのアドバイスとも受け取れるような意見ですね。

モウリーニョ 将来のある選手には、すべては自分次第なのだということを肝に銘じてもらいたい。周りからインスピレーションやモチベーションを受ける瞬間を待っているようではダメだ。他人が常に建設的な批判を行なってくれるとは限らない。自分にとって最も厳しい批評家は自分自身であるべきだろう。
周りが成長を見逃さずに認めてくれる保証もない。自分のパフォーマンスの良し悪しは自分で分析して判断しなければならない。自分を常に見つめ直し、自己反省と自問自答を繰り返せる人間である。その姿勢があれば、周囲の存在を付加的なモチベーションの源として活用することができる。

――若い世代の監督たちにもアドバイスをお願いします。

モウリーニョ 今日の現場には、さまざまな分野の人々がサッカー界の一員でありたい一心でやってくる。「スポーツ科学」もその一つだ。私にも監督として仕事を進める上でツールとして活用できる知識はある。だが、私にはそうしたツールがトレンド化してしまい、流行を取り入れただけで安心してしまう風潮があるように思う。肝心な部分が軽視されている気がする。身の回りにある新しいサポート・ツールに頼りすぎて、根本的な能力を磨けずにいるのではないだろうか……。
監督とは「人間を扱う仕事」だ。自分の考えに対して、周りの人間が見せる反応の質が物を言う。しかし、若い世代の監督はデータとして提供される数や量、そして評価点に目と意識を奪われてしまっている。最も重要な戦術面や技術面での要求に対する選手たちの反応に注意が行き届いていないようだ。データを確認することも大切だが、自分の目で見て、心で感じながら、監督としての判断と技量を磨いていかなければならない。それができるようになって初めて「偉大な監督を目指す出発点」に立つことができる。フィーリングに欠ける監督には成功ないと言っておこう。

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