画像: 世界選手権では初となる男子4×100mRでのメダルを獲得(左から多田、藤光、飯塚、桐生) 写真:中野英聡/陸上競技マガジン

世界選手権では初となる男子4×100mRでのメダルを獲得(左から多田、藤光、飯塚、桐生)
写真:中野英聡/陸上競技マガジン

 初優勝を飾った開催国・イギリスの圧巻の強さ、ジャマイカのアンカー、ウサイン・ボルトが疾走する途中で左ハムストリングス(太もも裏の筋肉)を痛めての途中棄権。さまざまな意味で劇的な展開となった男子4×100mR(以下、4継)だが、やはり、世界選手権で初となるメダルを獲得した日本の走りっぷりが印象深かった。

 昨年のリオ五輪銀メダル獲得を果たした男子の4継は、今大会でも周囲からの期待こそ高まっていた。とはいえ、実際のところ、ベストな状態で臨めたわけではなかった。100mで準決勝、200mで決勝まで進出したサニブラウン・アブデル・ハキーム(東京陸協)は、個人種目5レースでの消耗が激しく、ハムストリングスの違和感から4継出場を回避せざるを得なかった。

 また、6月の日本選手権でハムストリングスを痛めたケンブリッジ飛鳥(Nike)も、世界選手権に向けての本格的な始動が遅れ、100mでは準決勝まで進出したものの、良いコンディションでなかったという。4継はアンカーとして予選通過(1組3着 38秒20)に貢献するのがせいいっぱいだった。

 決勝は、1走の多田修平(関学大)、そしてアンカーの藤光謙司(ゼンリン)と4人中2人がリオ五輪時と違うメンバー。2走・飯塚翔太(ミズノ)、3走・桐生祥秀(東洋大)は変わらなかったが、飯塚は昨シーズンに比べると専門の200mで思うような走りをできていなかったし、ご存じのように桐生は4継のみの出場。また、今回の4継メンバー5名が100m10秒0台の自己ベストを持つなか、藤光のそれは10秒23。他国の情勢を含まずとも、多くの不安材料が存在していた。

 それでも、38秒02で3位、メダルを手にした。アンカーにバトンが渡った時点でのレース展開から見れば、もし、ボルトに異変が起こらなければ、結果がどうなっていたかは分からない。しかし、それはあくまで「たら・れば」で、勝負とはそういうものだ。

画像: 5レーンのボルトが途中棄権。イギリス、アメリカに次いで9レーンの藤光がゴールに飛び込んだ 写真:中野英聡/陸上競技マガジン

5レーンのボルトが途中棄権。イギリス、アメリカに次いで9レーンの藤光がゴールに飛び込んだ
写真:中野英聡/陸上競技マガジン

 そして――個人的には、31歳の藤光がアンカーとしてゴールに飛び込み、トラック上でチームメイトと喜びを分かち合っていた姿が感慨深かった。本当によかったなぁ、と。

 藤光は、2009年から4継、4×400mRと日本のリレーチームに携わってきた選手。その長い競技生活のなか、29歳となった2015年シーズンには自己ベストを連発し、200mでも個人種目で初の世界選手権出場を果たし、準決勝に進出した。

 しかし、満を持して臨んだ昨年のリオ五輪シーズンは、代表選考会となった日本選手権200m決勝でハムストリングスを痛めてしまう。長年追い求めてきたオリンピックの舞台には立ったものの、ケガからの完全復調は間に合わずに200 m予選落ち。国中に衝撃を与えた4継でのメダル獲得も、予選、決勝をスタンドから見守っていた。

 この春、改めて話を聞いたとき、藤光は「走りたかったか? と聞かれればもちろん走りたかったので、悔しい気持ちはありますが、あの時の自分が走っていたら同じ結果になっていたかどうかは…」と複雑な心境を吐露していた。

 今大会に向かうに当たっては「いつでも走る準備をしておく」と、ほかのメンバーに注目が集まるなかでも、自分にできることに徹する姿勢を貫いてきた。

 そして、その姿勢をついに巡ってきたチャンスで体現した。よかった、本当によかった。自身の脚でスポットライトを浴びた“第6の男”藤光の走りは、男子100mのレベルアップとは違う意味で、日本の4継チームの底力を象徴しているといえるのではないか。

順位の確定を確認し、桐生と喜びを分かち合う藤光
写真:中野英聡/陸上競技マガジン

 レース後、スタンドで見守っていたサニブラウン、ケンブリッジと共に今回の4継チーム全6選手が写真撮影を行っていた。日本のリレーチームに対する存在概念を表す、良いシーンだった。

 まだ、100mで9秒台に突入した日本人選手はいない。しかし、そのうち出るだろう。いつかは分からないが、そのうち出る。長年、陸上界に携わっている方からすれば、「そんな軽々しいものじゃない!」と叱られそうだが(実際に叱られたこともあり)、この2年の流れからすれば、その確率が高まっているからこそ、あえて軽い気持ちで見ている。

 図らずも、1年前、室伏広治氏が陸マガ本誌連載で語った言葉をあらためて思い出した。

「日本には、小学校の運動会からリレーがあるように、つなぐという美徳が文化として根付いている。それに基づけば、他国とは逆バージョン、つまり日本のリレーを進化させることが個人強化にもつながり、9秒台の選手が4人生まれ、自然と東京五輪でのリレー金メダルが見えてくるのではないか」

 この言葉どおり、日本の男子スプリント界が進化していることは間違いない。

文/牧野 豊

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