画像: 冷静沈着の名将が35年目の初退場【2001年8月16日】

冷静沈着の名将が35年目の初退場【2001年8月16日】

猛抗議する森監督
プロ野球の歴史の中から、日付にこだわって「その日に何があったのか」紹介していく。今回は8月16日だ。
巨人V9時代の頭脳派捕手、西武では監督として黄金時代を築いた森祇晶がプロ野球人生で初の退場処分を受けたのは、2001年8月16日の横浜(現DeNA)監督時代だ。神宮球場でのヤクルト戦は、緊迫した投手戦の末、0対0のまま延長戦にもつれ込んだ。
延長12回表一死三塁で佐伯貴弘がレフトに鋭いライナーを放つ。これを必死に前進した左翼のラミレスがワンバウンドかノーバウンドか微妙な状況でキャッチした。二塁塁審は、これを「アウト」とジャッジ。すぐ森監督が飛び出し、「ワンバウンドだ」と猛抗議した。
9時59分から28分の中断の後、球審は森監督が試合続行を拒否したとして退場を宣告。その後、横浜の選手たちがベンチ裏に消え、試合放棄になりかねない状況となったが、なんとか再開。結果的に引き分けとなった。
森監督の抗議が長引いたのは、審判の「今日だけは勘弁してくれ」の言葉だったという。
「冗談じゃない。こっちはわずかばかりでも優勝の可能性があるのにあきらめろというのか」
序盤戦は低迷したが、7月半ばからの9連勝もあって順位を3位まで上げていた。冷静沈着なイメージがある森監督には珍しい激怒シーンだったが、常勝軍団・西武を指揮していた時代とは違い、戦力も十分ではない横浜での戦い。それでも「森監督なら」と周囲は見る。それだけ必死だったということだろう。
このプレーは、その後、スポーツニュースで何度も映像が流されたが、明らかにワンバウンド。横浜球団からも正式に連盟に抗議があり、翌日、森監督への厳重注意とともに、ジャッジした二塁塁審に対し、10日間の休養を命じる異例の処分もあった。
森監督は横浜就任1年目の同年は3位だったが、翌02年は6位。閉幕を待たず、解任となり、以後ユニフォームは着ていない。
写真=高塩隆

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