画像: 【キセキの魔球08】球界史上稀に見るおぞましいエピソード

【キセキの魔球08】球界史上稀に見るおぞましいエピソード

2017年6月19日。大家友和は現役引退を発表した。日米を股にかけて活躍した右腕だが、もしナックルボールと出合っていなければ41歳まで野球を続けることはなかっただろう。どこまでも野球と愚直に向き合った大家とキセキの魔球を巡る物語──。
隠されていた巧妙なからくり
エクスポズで通算31勝をマークした大家
大家友和が4年間在籍したモントリオール・エクスポズ(のちにワシントン・ナショナルズに改名)で挙げた勝ち星は、全部で31勝。これがどんな状況で積み重ねられていったのかを辿ってみると、その勝利数がまた別の意味を持ってくる。
それは、球界史上希に見るおぞましいエピソードだった。
2001年9月にニューヨークで同時多発テロが起こり、10月にはバリー・ボンズが新記録となる73本ホームランを打った秋だった。
突然、メジャー・リーグ機構は、11月のオーナー会議で2チームの削減計画を持ち出し、多数決を取った。結果は全30チーム中、賛成28票、反対2票。この時点でMLBコミッショナーのバド・セリグは、どの球団を消滅させるかの明言を避けている。
その10日後、ミネソタのメトロポリタン・スポーツ施設が、ツインズの本拠地メトロドームの賃貸借契約が02年まで残っているとして、ドームの利用義務を訴える裁判を起こした。MLBの動きを阻止するためである。
一方、メジャー・リーグ選手会は削減案に猛反対しながらも、12月上旬、削減対象と目されるミネソタ・ツインズ、エクスポズ、フロリダ・マーリンズの選手たちに、春季キャンプがオーナー側によって凍結される可能性があると通達を出した。
ツインズの球場リース裁判で勝ち目がないと判断したMLBは、球団削減を先送りするとともに、02年に限ってエクスポズの球団経営をMLBが行う用意があると表明した。
これはどういうことかと言えば、MLBの他の29チームのオーナーがエクスポズのオーナーになるということである。
これには巧妙なからくりが隠されていた。
ニューヨークの美術商だったジェフリー・ローリアが1999年にエクスポズを買収した時点で、彼はグループ経営者の一人に過ぎなかった。だが、その後、短期間で経営権の92パーセントを所有するに至る。もはや彼のすることに誰も文句は言えない。買収直後から彼はモントリオール市民に対して、新スタジアムを建てないのであれば、チームはこの都市を去るしかないだろうと脅かしてきた。市民の税金を投入しての建設計画がまとまりかけたとき、彼は自らの負担分を削り、税金投入の増額を迫る。ケベック州知事は、そんなことをすれば公営の病院をつぶさなければならないと訴えて拒否。もともとアメリカの球団オーナーの座を狙っていたローリアにとって、カナダのモントリオールのチームは止まり木に過ぎなかった。
「エクスポズはシーズン後に消滅する」
セリグコミッショナーはエクスポズ消滅を目論んだ
01年冬、短期間にかくも複雑な取引が成立する。図式としては三角形の取引である。マーリンズのオーナーが、ボストン・レッドソックスを6億ドルで買った。そのマーリンズを買い取ったのは、エクスポズのオーナーであるローリア。買収価格は1億5千万ドル。それを可能にするために、ローリアからエクスポズを買い取ったのがMLBである。買収価格は1億2千万ドル。さらに、ローリアがマーリンズ買収で必要だった差額の3千万ドルをMLBはなんと無利子で融資しているのだ。ローリアがエクスポズを手放すことで、MLBは削減対象チームの一つを自分のものにできる。削減実行のためには、もう1チームを説得すればいいだけだ。
エクスポズを去ることになったローリアが何をしたかといえば、彼がモントリオールで所有する人、物、ほとんどすべてをフロリダへと持って行ってしまった。GM、監督、投手コーチ、スカウト、スカウティング・レポート、機密書類、オフィスのコンピュータ機材といった一切合切を持ち去り、モントリオールに置き去りにされたのは、25人のメジャー・リーガーと、傘下のマイナー・リーグに所属する200人近くの選手、そしてそのスタッフたちだった。
リーグが02年の削減計画を正式に断念したのは、春季キャンプインの10日前である。エクスポズの正式オーナーとなった大リーグ機構は、まず3人の首脳陣を送り込んだ。球団社長に元アナハイム・エンゼルス社長のトニー・タバレスと、ヒスパニック系初のGMとなるオーマー・ミナヤ、そして監督に就任したのはフランク・ロビンソン。ロビンソンは、60年代に三冠王を達成した名選手であり、70年代には黒人初となる大リーグ監督になったレジェンドである。最後に監督を務めたのは10年以上も前だった。エクスポズ監督に就任した時はすでに66歳になっていた。
ロビンソンは、MLBがオーナーであるチームの監督になった感想は、と聞かれてこう答えている。
「私に、肩越しにこうしろと指図する者は誰もいない」
コミッショナーのセリグはチーム運営についてこう語った。
「チームは近年相応のチーム予算を得て運営される。トニー(球団社長)とオーマー(GM)は、その予算内で運営していく独立管理権を持ち、フランク(監督)もまた、他の監督となんら変わらない自由を有する。予算範囲内で、他チームとも自由に選手の取引を行うことができる」
そしてコミッショナーは強調した。
「エクスポズはこのシーズン限りとなる。シーズン後には消滅する」
オーナーたちは、観客動員数の減少がチーム削減の最たる原因だとファンを責めたけれど、モントリオール市民は、くだらないマネーゲームのからくりをとっくに見透かしていたのだし、球場から足を遠のけることで必死に抵抗しようとしたのだ。
「本気でプレーオフを狙っていました」
選手たちは、来年はもうこのチームはありませんよと言われても実感はわかない。とにかく1試合1試合、戦うだけだった。
スタッフも機材もすべて持ち去られたエクスポズは文字どおり1からのスタートだった。ミナヤGMは、春季キャンプ開始までの1週間でコーチ陣をはじめ50人から100人のスタッフをかき集めなければならなかった。
こうした窮状で、エクスポズが活躍するとは誰も期待しなかった。
しかし、エクスポズは戦った。
4月、16勝10敗、勝率.615で、ニューヨーク・メッツと並んでナショナル・リーグ東部地区首位に立つ。4月の成績としてはナ・リーグ第2位タイの好発進だった。大家は4月の時点ですでに3勝、チームメートだった吉井理人(日本ハム投手コーチ)も2勝を挙げていた。
しかし、エクスポズは5月になると負けが混み、地区4位まで転落。その後8月には大家が4勝を挙げて2位浮上、そして9月、ワイルドカード枠を賭けて7連勝を含む17勝を挙げて猛チャージをかけるが、プレーオフ進出は叶わなかった。
チームの最終成績は83勝79敗、ナ・リーグ東部地区第2位。前年よりも勝利数を15も増やし、本拠地オリンピック・スタジアムの観客数は前年度比20パーセント上昇した。
大家は、チーム最多の勝ち星となる13勝8敗、防御率3.18の成績でシーズンを締めくくっている。
「僕らは本気でプレーオフを狙っていました」
チーム削減策から移転策へと転換した大リーグ機構は、03年も引き続きエクスポズの経営母体となり、移転先が決まるまでの2年間、ホームゲーム81試合中22試合をカリブ海のプエルトリコで行うという強硬手段に出た。4月、6月、9月と3回に分けてプエルトリコへの遠征が組まれ、エクスポズの選手たちは年間162試合中103試合をアウェーでプレーするという異常な日程を強いられた。そうした悪環境の下、この年もエクスポズは発奮する。
しかし、プレーオフをにらんだ最後の勝負が始まる9月直前、チームの士気を狂わせるような出来事があった。MLBには、9月ロースターといって、9月1日からそれまでの25人から最大40人までメジャー登録選手を拡張できるシステムがある。
エクスポズのミナヤGMも、当然のように傘下のマイナーから選手を呼び寄せようとした。なぜならオーナーであるMLBから編成の全権を担っているはずだからだ。しかし、エクスポズの実質オーナーである他球団29人のオーナーが、それに待ったをかけた。拡張ロースターによって生じる負担金の見積もりは5万ドル、約600万円である。それを29等分すると約20万円。億万長者のオーナーたちが、その金を出し渋った。
ロースター25人のまま戦ったエクスポズは9月に12勝している。最終的にワイルドカードには8ゲーム差で届かなかったが、もしも本当にエクスポズがプレーオフへ進出してしまったら、一番困惑するのは29人のオーナーたちである。仮経営状態のチームが、もしも自分が経営するチームを負かしてプレーオフに出ようものなら、それこそシャレにならないのである。
これには、本来MLBから送り込まれたはずのミナヤGMも失望している。
「あれが、選手たちへのメッセージになりました。あのことが、彼らの戦う意欲を殺してしまったんです」
05年にエクスポズはアメリカの首都ワシントンDCに移転して、ワシントン・ナショナルズに改名された。しかし、この年も買い手は見つからずオーナーは不在。大家は、その6月にミルウォーキー・ブリュワーズにトレードに出されるのだが、チームはそれまでの4年に及ぶMLBによる不健全な経営状態の膿が溜まり、権力を持った首脳陣が“怪物”のように選手の前に立ちはだかるようになる。
<次回8月23日公開予定>
文=山森恵子 写真=Getty Images

column.sp.baseball.findfriends.jp

This article is a sponsored article by
''.