スポーツ科学や運動処方の分野において、科学的根拠に裏づけられた事象を推薦する「エビデンスベースド(Evidence Based)」の考え方が高まってきている。長くアメリカで研究活動を行っているテキサス大学オースティン校の田中弘文教授に、そうした事例について、実験結果を用いながら解説していただく。
※本稿は『コーチング・クリニック』で連載中の「アメリカ発スポーツ医・科学最新情報」第1回として、2016年11月号に掲載した内容を再構成したものです。

運動強度設定の“要”

 運動やトレーニングのプログラムを作成する上で、一番重要な要素が運動強度です。しかしながら、運動頻度や運動時間は簡単にモニタリングができる一方、運動強度はモニタリングするのが比較的困難といえます。
 運動強度を設定する際に最も頻繁に使われるのが、運動中の心拍数です。心拍数は安静時から最大強度の運動時まで、 運動強度に比例して直線的に増加します。それゆえ、運動強度を設定する際には非常に適しているのです。
 心拍数は、首や手首に指を当てて脈拍を数えたり、心拍計(ハートレートモニター)を使ったりして簡便に測定できます。さらに、最大心拍数がわかれば、その割合からインターバルトレーニングなどのトレーニング強度を、簡便かつ客観的に決めることも可能です。
 例えば、運動強度を最大心拍数の70~80%に定め、運動中の心拍数が常にその範囲内に収まるようなトレーニングもあります。こうしたトレーニングは通常「心拍トレーニング」と呼ばれます。

画像: 心拍数をはじめ、スピードや走行距離などをトラッキングして測定・解析する取り組みはトップレベルでは当たり前のように行われている SCHRUNS, AUSTRIA - MAY 27: Cesc Fabregas of Spain adjusts his heart rate monitor during a training session on May 27, 2016 in Schruns, Austria. (Photo by David Ramos/Getty Images)

心拍数をはじめ、スピードや走行距離などをトラッキングして測定・解析する取り組みはトップレベルでは当たり前のように行われている
SCHRUNS, AUSTRIA - MAY 27: Cesc Fabregas of Spain adjusts his heart rate monitor during a training session on May 27, 2016 in Schruns, Austria. (Photo by David Ramos/Getty Images)

「220‐年齢」は根拠なし!?

 最大心拍数を求めるには、疲労困憊に陥るまで運動しなければならず、簡単には求められません。そのため、公式を用いて推測するのが一般的になっています。
 最大心拍数を求める公式というと、恐らくほとんどのコーチやトレーナーが220‐年齢を思い浮かべるでしょう。この公式は、運動生理や運動処方の教科書をはじめ、スポーツ雑誌やトレーニング雑誌などでも広く紹介されています。
 これだけ広まっている公式ですから、さぞかしあらゆる緻密な研究が積み重ねられ、試行錯誤の末に生まれたものなのだろうと誰もが思うかもしれません。しかしながら実際には、この公式が提唱された研究は世界中のどこを探しても見つかりません。この公式に関する科学的な実験結果やレポートは存在しないのです。
 では、この公式はどのようにして誕生し、なぜこれほどまでに広まったのかが気になります。

「220‐年齢」誕生秘話

 この公式は1970年に、大学院を修了したばかりの若手研究者によって導き出されました。その若手研究者は、学会に向かう飛行機の中で退屈しのぎに、手にしていた10にも満たない論文に発表された最大心拍数の平均値を年齢と共にプロットしてみたところ、直線のように見えたそうです。それを隣に座っていた大学の指導教授に見せると、教授は次のようにコメントしました。

「20歳で最大心拍数が200、40歳だと180で、60歳なら160か。ということは、220から年齢を引けば簡単に計算できるな!」

 このコメントがきっかけで、その場で公式化したのが始まりなのです。その後、この公式はいろいろな論文やスポーツ雑誌に、口移し的に紹介され始めました。
 同じ頃、アメリカではエアロビクスやジョギングが空前のブームを呼んでいました。そのようななか、心拍計を販売しているメーカーがこの公式を前面に押し出して、「心拍トレーニング」の普及を図ったのが、この公式が急速に広まった背景といえます。
 全盛期には、年間75万台の心拍計が売れたということですから、どれほどの勢いでこの公式がアメリカ中に広まったかがわかります。
 こうしたフィットネスブームの多くはアメリカで生まれ、そこから世界中に広まっています。最大心拍数を算出する公式も、同様にして日本に広まっていったと考えられます。

メタ解析法から導いた公式

 では、この「220‐年齢」の公式はどれだけ正確で、どの程度妥当なのでしょうか。
 数ある研究方法のなかに「メタ解析法」があります。これは、最大心拍数についてレポートしている研究論文を片っ端から集めて、すべての論文をふるいにかけ、比較的よい論文だけを集めて解析するという方法です。
 こうして集めた2万人近くに及ぶデータから得られたのは、208‐0.7×年齢というものです。これは、実験室でトレッドミルと心電図を使って直接測定された、500人を超えるデータと比べてみてもほぼ同じでした。そのため現在のアメリカでは、この公式が頻繁に用いられるようになっています。
 この公式のよいところは、性別に関係なく使える点が挙げられます。また、トレーニングにも影響を受けないため、運動習慣のない人にも、頻繁に運動する人にも用いることができます

数値の個人差に注意!

 しかしながら、最大心拍数にはかなりの個人差があることが知られていますから、その点には気を付けなければなりません。
 最大心拍数は、各年齢において標準偏差が10拍ほどあります。例えば、26歳のスポーツ選手の最大心拍数は、公式から190拍(208‐0.7×26=189.8)と算出できます。26歳の7割近くは最大心拍数が190拍±10、すなわち180~200拍となります。しかし残る3割の26歳は、その範囲から逸脱し、170拍や210拍の人もいるのです。
 高校の部活動や大学の体育会クラブでは、部員の年齢に大きな差がないため、一律の心拍トレーニングを行うケースが多いものですが、実際のところは、それは最適な方法ではないといえます。なぜなら、一律の心拍トレーニングは、何人かの選手にとっては最大心拍数に限りなく近い強度の、きついトレーニングになるものの、そのほかの選手にとっては最大心拍数よりもかなり低い強度の比較的楽なトレーニングになるからです。

最大心拍数を求める

 このような場合には、最大心拍数を直接測定することが勧められます。普段運動をしていない中高年者では最大運動の危険が伴いますが、日常的に激しい運動を繰り返している若者のスポーツ選手であれば、そうした心配は少ないでしょう。
 一番正確なのは、運動生理学の実験室で測定してもらうことですが、そこまでしなくても最大心拍数を簡便に測定できます。陸上競技場のトラックのような安全なところで、4~5分のジョギングからスタートし、最大速度の50~60%から70%と徐々にペースを上げていきます。8~12分で最速疾走に到達し、疲労困憊まで追い込みます。その直後に心拍数を測定すると、その数値は最大心拍数とかなり近いものとなります。
 心拍数の測定には、心拍計があれば一番ですが、人さし指と中指の2指もしくはそれに薬指を足した3指を、手首の付け根(橈骨動脈)や首の横(頸動脈)に当てて測定するのも1つの手です。
 その際には、1分間測定するのではなく、運動直後の15秒に限って測定し、4を掛けて1分間当たりの値を算出するのがお勧めです。その理由は、日常的にかなりの運動をしている人では、運動をやめると同時に心拍数が急激に低下し、最大心拍数を過小評価してしまうためです。

画像: 心拍数は手首や首に指を当てることでも簡単に測定できる NORDERNEY, GERMANY - JULY 13: 1. BUNDESLIGA 99/00, Norderney; HAMBURGER SV, TRAININGSLAGER; Nico Jan HOOGMA, Co-Trainer Armin REUTERSHAHN (Photo by Martin Rose/Bongarts/Getty Images)

心拍数は手首や首に指を当てることでも簡単に測定できる
NORDERNEY, GERMANY - JULY 13: 1. BUNDESLIGA 99/00, Norderney; HAMBURGER SV, TRAININGSLAGER; Nico Jan HOOGMA, Co-Trainer Armin REUTERSHAHN (Photo by Martin Rose/Bongarts/Getty Images)

著者プロフィル
田中弘文(たなか・ひろふみ)
1966年、東京都生まれ。国際武道大学卒業。アメリカ・インディアナ州のボール州立大学大学院修士課程修了。テネシー大学大学院博士課程修了。コロラド大学助教授、テキサス大学助教授、ウイスコンシン大学准教授、テキサス大学准教授を経て現職。専門は運動生理学。

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