画像: 【キセキの魔球09】権力には屈しない!“怪物”との戦い

【キセキの魔球09】権力には屈しない!“怪物”との戦い

2017年6月19日。大家友和は現役引退を発表した。日米を股にかけて活躍した右腕だが、もしナックルボールと出合っていなければ41歳まで野球を続けることはなかっただろう。どこまでも野球と愚直に向き合った大家とキセキの魔球を巡る物語──。
深刻化したフロントと選手のコミュニケーション不足
ナショナルズでも開幕から先発として起用されたが......
2005年6月14日のタンパベイ・レイズ戦で、大家友和はメジャー・リーガーとして唯一となる完封勝利を挙げている。それは、ミルウォーキー・ブリュワーズにトレードされてからわずか4日後、移籍後初登板で完封したのは球団史上2人目という快挙だった。
この完封勝利が、それまで5連敗中だったブリュワーズの起爆剤になっただけでなく、それは、彼を権力でねじ伏せ、ワシントンから放出した“怪物たち”への無言のメッセージでもあった。
05年、MLBは新オーナー未定のままモントリオール・エクスポズをアメリカの首都へ移転させ、ワシントン・ナショナルズに改名した。移転という既成事実を作ったリーグは、ワシントン市に年内を期限に新スタジアム建設の確約を迫る。結局、ワシントン市は6億1100万ドルという巨額の公債を売ってスタジアム建設の資金源とすることを承認する。新球場建設が確定し、球団価値が跳ね上がったところでMLBはナショナルズを手放した。
06年7月、ワシントンの不動産会社ラーナー・グループへの売却が成立する。売却額は4億5000万ドル。MLB29人のオーナーは、01年にエクスポズを1億2000万ドルで買い取っている。5年足らずで投資の見返りは3億3000万ドル。29人に一人あたま約1150万ドル(約13億5000万円)が入る計算だ。
さて、04年9月に移転先が決まり、築44年の老朽化したRFKスタジアムの改築工事が始まったのは05年シーズン開幕3カ月前だった。突貫工事のしわ寄せで、ナショナルズの地元開幕はリーグで最も遅い4月14日に設定され、チームは10日間で3カード9試合という、開幕としては異例の遠征日程を押し付けられた。
地元開幕前日のアトランタ・ブレーブス戦で先発したのは大家だった。コントロールに苦しみながらも6回を投げ、チームは勝利し、ナショナルズはナ・リーグ東地区首位に立って、翌日の記念すべきワシントンでの開幕試合に臨むことになった。
ナショナルズの広告塔は、暫定オーナーのMLBが送り込んだフランク・ロビンソン監督だった。この時ロビンソンは69歳。首都の政治家たちの中には球界の英雄である彼の現役時代を同時体験した者も少なくない。さらにワシントン市の黒人の人口比率は5割を超え、大リーグ初の黒人監督であるロビンソンが主立つことで、市が借金を抱えて新スタジアム建設することへの民意も得られやすくなるだろう。
アメリカでは監督のことを船の舵を取る船長=スキッパーと呼ぶけれど、広告塔として活躍する一方で、ロビンソンの舵取りは極めて危険な状態に陥っていた。GMを3年務めたオーマー・ミナヤが去ったことで監督の権威の膨張に歯止めはなくなり、フロントと選手のコミュニケーション不足は深刻化していった。
ロビンソン監督と話し合いを持ったが......、話が違う
大家に対して先入観を持って、その投球を見ていたロビンソン監督
地元開幕前日、大家が勝ってナショナルズが首位に立った試合、それは大家にとっては非常に意味のある1勝だった。手首骨折で戦線離脱する直前の04年5月30日以来、約1年ぶりの復活の勝利である。しかも、2回、最後のバッターとなるラファエル・ファーカルからは痛烈なピッチャー返しを浴び、それを大家は瞬時に受け止め、アウトにしている。1年前、彼の手首が粉々に砕けた致命的なライナーを彷彿とさせる場面だった。
地元ワシントンの新聞記者は、オオカの二の腕には去年の事故後、金属プレートが埋め込まれ、いまだにその腕で彼は投げていると、1年ぶりに勝利を挙げた戦いを報じている。
一度壊れた腕をよみがえらせ、再び生きた球を投げられるようになるには、戦う選手も見守る監督も我慢が必要だ。しかし、現役のときから勝利第一主義を掲げる非情の男、ロビンソンはけっして我慢強い監督ではなかった。大家の球威が上がらないことにおびえ、きっとどこかが故障しているに違いない、3年間彼を見てきた私には分かると言い、またある試合で大家が苦戦した後には記者団に対して、初めの数球は、まるでバッティング練習で投げているのかと思ったと吐き捨てた。
5月6日のサンフランシスコ・ジャイアンツ戦で、ロビンソンは4回終了で大家を降板させている。この試合のあと、ロビンソンは大家と話し合いを持った。
「おまえが不満を持っているのは分かっている。でもここにいる限り、ここで頑張らなきゃいけないんだぞ」
「ええ、分かっています」
話の落としどころが見えないまま、突然、ロビンソンが言った。
「トレードに出されたいか?」
大家は答えた。
「ええ、それでもいいです」
「分かった。悪いようにはしないさ」
そして次に何が起こったかといえば、大家はその後しばらくブルペン送りとなり、10日間投げる機会を与えられなかった。5月17日のブリュワーズ戦にロングリリーフとして登板し、好投。5日後、先発に戻され、2試合に好投して5月下旬にシーズン4勝目を挙げている。好投した2試合のみの防御率は1.20。
実はその直前の5月3日、布石となる出来事が起こっている。先発のザック・デイが4回途中で降板させられたとき、ダグアウトから歩み寄る監督に背中を向け、試合後、監督への不満を漏らした“罪”で直後にブルペン送りとなり、その後マイナーへ落とされるという“裁き”があった。
「ぴったりの男が、ぴったりの場所へ」。球団史上2人目の完封記録
ブリュワーズでの初登板でメジャー初の完封勝利を挙げた大家
そして、問題の日となる。
問題と言ったところで、大家自身もマスコミも、翌日になって監督が騒ぎ立てるまで大して問題にしていなかったのだ。
6月4日、ホームでのフロリダ・マーリンズ戦。先発した大家は、同点で迎えた4回表、一死走者一塁の場面で四球を与えたところで、ベンチが動いた。出てきたのは監督のロビンソン。つまり交代の合図だ。マウンドの大家はキャッチャーと会話をしていた。ダグアウトに背中を向ける格好になった。それに怒ったロビンソンは大家に小声で罵声を浴びせ、彼の手元からボールをつかみ取った。
降板する前の2回終了後、投手コーチが大家に言っている。ミゲル・カブレラに対しては腕がちゃんと振れていた、だから次からも腕を振って強いボールをほうり込め、と。
大家はこの言葉に応えようとする。しかし、それを意識すると逆にメカニックがばらけてしまった。カブレラに対しては投げ込むごとに91マイル、92マイルと球威が上がっていったのは確かだ。しかし、ケガからの真の復帰を目指す過程で、この時期の彼にとって球威はそれほど重要なことではなかった。
試合の翌日、彼は語っている。
「昨日も一生懸命投げられたと思います。そういうところ(ピンチ)で粘れるのも自分だと思っているから、(早めの降板は)本意ではないけれど、まあ、今は我慢です。ピッチャーもバッターも体に異常さえなければ、プレーしていかないと良くはならないんですよ。まだまだ良くなると思っているし」
ところがその直後、前夜、彼が話していたことが現実となる。
「何が気に入らなかったんでしょうかねえ。そのうち話すのか、僕をいじめるのか分からないけれど......」
この予感は的中。球団は、監督への背徳行為があったとして大家に罰金処分を課した。前夜、ロビンソンはこの問題はあくまでクラブハウス内に収めると言ったはずだったが、一変して自ら吠えた。
「私を冒涜するような態度をしてはならない。私が出て行ったらボールを寄こせばいいんだ。私が出て行った時点で、終わりなんだよ、ボールを渡して下がればいい。他の選手に示しがつかない。ファンだって見ている。敵チームだって見ている。私が言わんとしていることは、チームの調和についてだ。今、このチームの士気は極めて高く、一選手が調和を乱し、チームにダメージを与えることになりかねないのだ」
処分を聞かされた大家はつぶやいた。
「暴れたいけどね、でも、今、ケンカしても誰も僕をかばってくれる人はいない。だから、今は、我慢。オレ、何もしてないのにね......」
一連の騒動があった6月、米有力スポーツ雑誌『スポーツ・イラストレイテッド』が、400人以上のメジャー・リーガーを対象に行ったアンケート調査で、フランク・ロビンソンは最も歓迎されない監督の第1位に選ばれた。
罰金処分から5日後、登板予定だった6月10日シアトル戦の直前、大家はブリュワーズにトレードに出された。翌日、チームに合流すると、3日後の先発を打診された。チームメートの癖も分からず、新しいサインも頭に叩き込まないといけない。
そして、ブリュワーズとして初登板となった6月14日のレイズ戦。
5連敗中だったチームは、試合前に異例の選手ミーティングを開き、ネッド・ヨスト監督は選手に言った。
「このままじゃダメだ。君たちの力はこんなもんじゃない」
そして大家は監督の言葉に応える。全98球、被安打9、奪三振6、与四球ゼロ、無失点の好投で9回を投げ切り、大リーグ7年目で初の完封勝利を挙げた。
ヨスト監督は地元の新聞に語っている。
「オオカの好投は非常に意味がある。我々は前を向きたかったんだ。連敗は止まり、新たなスタートが今夜から始まった」
投手コーチのマイク・マダックスも大家を称えた。あのグレッグ・マダックスの兄である。
「やってくれました。我々が本当に求めていたものです。我々にとっての天のたまものと言うしかない。ぴったりの男が、ぴったりの場所へと」
後日、大家はこの日の完封をこう振り返っている。
「自分がこのチームにできること、僕がマウンドで何ができるかを見せたいという気持ちはありました。でも、ちょっとうまく行きすぎました」
ワシントンの新聞は、こうした書き出しで完封を報じている。
――フランク・ロビンソンから解放されたオオカは、新たな人生を見つけるだろうか。
<次回8月30日公開予定>
文=山森恵子 写真=Getty Images

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