画像: 2戦連続先発。ルーキー司令塔、東芝・中尾隼太の向上心、闘争心。

2戦連続先発。ルーキー司令塔、東芝・中尾隼太の向上心、闘争心。

開幕第2戦、NTTコムでの中尾隼太。(撮影/髙塩隆)
いつもより視野が狭くなってしまった。
ルーキーはそう言ってデビュー戦を振り返った。
夢のあるストーリーは開幕戦から始まった。8月19日、秩父宮。地方国立大学を今春卒業したばかりの新人が伝統ある東芝の開幕戦で10番を背負った。荒天の中の試合は、雷の影響でハーフタイムが実質80分を超える展開になったものの、新人司令塔は、NEC相手に20-0と完封勝ちした試合で後半終了間際までピッチに立った。
東芝のSO中尾隼太は鹿児島大学の出身だ。自分から仕掛ける能力も高く、周囲も巧みに操る。そんな能力が評価され、シーズン開幕という大切な試合で大役を得た。
ただ、勝ちチームの司令塔にはなったものの、やはりトップリーグのレベルは高かった。
「緊張もあったと思います。いつもより視野が狭くなってしまった気がします」
広い視野でスペースを見つけ、自ら走ることもあれば、そこに走る仲間へボールを渡す。
「素晴らしい選手に囲まれてプレーしています。周囲のいいところを引き出すのが自分の役目としたら、そこはうまくいかなかった」
チームのやりたいことを実現できなかった。チームのコントロールも納得できない。勝利にも厳しい自己採点だった。
8月25日におこなわれた第2節、NTTコム戦でも中尾は先発したが、今度は14-25で敗れた。NO8リーチ マイケルが豪快な前進を何度も見せるも、ミスから崩れた80分。ルーキーSOは、「前回の試合よりよかった。前半はいい攻撃もあったし、自分のいい判断ができていた」と話すも、後半については「ここぞというときにミスが出た」と、ギリギリの攻防の中で好機に取り切ること、守り切ることの難しさをあらためて感じた。
「(暑さの中で汗で滑ることを想定して)ボールを水で濡らして練習したりしてきたのですが」
考えすぎた開幕戦の反省を活かし、自身の判断基準をシンプルに設定した。そのことでプレー選択のはやさも、自ら仕掛ける積極さも高まった。
しかし、今回は勝負を勝ち切ることができなかった。「チームの勝敗を左右するところを任されている者としての責任を果たさないといけない」と話した。
長崎北陽台高校から、小学校+中高保健体育の教員免許を取得できる教育学部に進学するため鹿児島へ向かった。3年時には地区対抗大学大会で準優勝。4年生になるとキャプテンに就き、九州学生選抜の一員にも。同選抜では同志社大と戦い、司令塔として際立った活躍(結果は34-48)をしたことでリクルーターたちの目に止まり、トップチームからオファーが届いた。
岩手国体の成年男子(セブンズ)では鹿児島県チームの中心選手として準優勝に輝き、セブンズ日本代表にも選出される。ドバイ大会、南アフリカ大会ではサクラのエンブレムを胸に戦い、今年1月、鹿児島大の主将として戦った最後の舞台では地区対抗大会の頂点に近づく。結果的に2位に終わるも、「自分たちで考えて練習し、プレーしてきた時間が成長させてくれた」と言い切れる4年を過ごした。
地方国立大でもやれる。チャレンジ、またチャレンジの4年間を過ごしたチームのリーダーから常勝を求められるチームの一員となり、求められるものが変わったことは感じている。
試合メンバーに選ばれる責任。10番を背負う重さ。それらを強く感じるチーム内競争と、僅かな差しかない相手との激しい試合を毎週繰り返し、そこで結果を出し続けることが求められる。
「プレーの激しさは分かっていたことだし、体は1週間のリカバリーで戻りますが、やはり(頭の準備を重ねるなどの)メンタルの部分でキツイところはありますね。緊張もあれば、気を抜ける時間もあまりない。ただ、そういう環境の中で成長できると思っています。もっとチームがやりたいことをやれるようにしたい」
負けたNTTコム戦ではNO8アマナキ・レレィ・マフィにタックルした際に鼻を強打して鼻血を出し、出血で一時交代。その後ピッチに復帰したが、今度は誰かの踵がふたたび鼻をヒットしてふたたび出血する目に遭った。
「最初は右の穴から出血して、そのあとは左の穴から...」
両方の穴に綿を詰めて試合後のロッカーから出てきた。痛々しい姿だったが、「大きく腫れたりしていないので、病院には行かないと思います」。ひと息ついたら、すぐに次戦(9月1日/パナソニック戦)への準備を始める。
入社してから体重が7kg減った。
しかし心は細っていない。

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