画像: 【王貞治756号本塁打(13)】ついにハンク・アーロンに並んだ!(8月31日)

【王貞治756号本塁打(13)】ついにハンク・アーロンに並んだ!(8月31日)

1977年、今から40年前、大げさではなく、日本中がプロ野球に熱狂した時期がある。王貞治のハンク・アーロンが持つ当時のメジャー最多記録通算755号本塁打への挑戦だ。アーロンはブレーブス、ブリュワーズで76年まで現役を続けたホームランバッターだが、その引退翌年に王が世界記録を狙うのも、面白いめぐり合わせではある。週刊ベースボールONLINEでは、9月3日、756号の世界新記録達成までのカウントダウンを振り返っていく。
低めのカーブをとらえ755号
張本勲(背番号10)、土井正三(背番号6)が待ち受けるホームベースを王は少しジャンプしてから踏んだ
早朝、王家の前にはサインを求める少年ファンの行列ができ(時間があれば王は必ずサインしていた)、午前中から報道記者が50人以上集まっていた。
記者だけでなく、カメラマンも記録達成目前となって戦争状態となってきた。球場のカメラ席の場所取りに加え、記録達成時の客席、さらにホームランボールの行方を追おうと、客席にも各社数人のカメラマンがロング、望遠、普通サイズと3種類のレンズをつけたカメラ3台をぶら下げ、うろうろ。腰痛になってしまったカメラマンもいるという。
激務の王取材陣にとっての救いは、王の明るさと取材への快い協力だ。どんなアングル、格好を撮影しても文句を言わないし、どんな質問をしても、ちゃんと答えてくれる。
「一番、願っていることは早く打って、早くみなさんの異様な取材から解放されたいということですよ。皆さんもそうでしょ」
王の言葉に記者団がどっと沸いた。
754号で迎えた8月31日の大洋戦(後楽園)は、1回一死で二番・土井正三がヒットで出て、三番の王に打席が回る。
マウンドは入団2年目の三浦道男。すさまじい大歓声で、血の気が引く思いだったという。1、2球目、カーブがボールになると、スタンドからは一斉にブーブーと不満声。3球目がストライク、4球目のシュートがボールで1ストライク3ボールとなった。
三浦の中にあったのは「四球だけはダメだ」という思いだった。大洋・別当薫監督からも「王は800号はおろか900号も打てる選手。755、756号はその過程だ。思い切って勝負しろ」と言われていた。
投じたのは低めへのカーブ。ほぼ、狙いどおりの軌道だったが、これを王のバットが見事にとらえる。「瞬間、あっ、やられたと思いました」と三浦。
今季39号、通算755号。ついにハンク・アーロンの世界記録に並んだ。
試合後、三浦は「王さんへのメッセージ?」と聞かれ、
「やっぱり、おめでとうございます、です。打たれた僕が言うのもおかしいかな(笑)」
その後2回表、長嶋茂雄監督はファンサービスとして王にライトを守らせた。ライト側の巨人応援団のためだが、実際には、歌手のコンサートのように、球場中が王を応援していたと言ってもいい。
その後は四球、一飛、一ゴロ、四球で、この日はタイ止まり。世界新記録は翌日以降に持ち越しとなった。
<次回に続く>
写真=BBM

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