画像: 【石田雄太の閃球眼】野球の神様が演出した最終回の悲喜こもごも

【石田雄太の閃球眼】野球の神様が演出した最終回の悲喜こもごも

2009年の夏の甲子園決勝、中京大中京を9回表の攻撃で猛烈な追い上げを見せた日本文理ナイン
この夏も中村奨成という怪物を生み出した甲子園――元祖・怪物こと、作新学院の江川卓さんがこんな話をしていたことがある。
「僕、甲子園と阪神甲子園球場は違うと思ってるんです。甲子園っていうのは春と夏、どこからかやってくる。野球の神様が甲子園を置いておく場所がどこかにあって、そこからピューッとやってくる。で、高校野球が終わると、またフッとなくなる。春と夏だけ、神様が高校生のために甲子園という聖地を届けて下さると......僕は今でも、ずっとそう思ってます」
甲子園は野球の神様から高校球児へのプレゼントだという発想が江川さんらしくて、なんとも粋だ。この夏も甲子園にはきまぐれな野球の神様がいるんだろうなと思いたくなる試合がいくつもあった。とりわけ神様がムズムズするのは最終回なのだろうか。この夏、象徴的だったのは3回戦だった。8試合のうち4試合で9回に刺激的な展開が待ち受けていたのだ。
9回ツーアウトから3点差を追いついた神村学園は、延長12回にふたたび3点を勝ち越したものの、その裏、明豊に4点を奪われて逆転サヨナラ負けを喫した。結末は押し出しのフォアボール......フルカウントから投げるべきストレートはアウトローいっぱいなのか、ど真ん中でよかったのか。ピッチャーは本能的にミットを目掛けて投げてしまう生き物だという話は、何人ものピッチャーから聞いたことがある。ならば、絶対にストライクを投げるべき局面であの構えはアリだったのか。いつもと同じようにアウトローならここだと、ボールゾーンに構えたキャッチャーの動きを見て、そんなことに思いを巡らせた一戦だった。
同点の9回、聖光学院の齋藤郁也が広陵の中村に決勝の2ランを打たれた場面も、キャッチャーの構えが気になった。ツーストライクと追い込んでから、低めが強いイメージがあった中村に対して高めのつり球を投げたのだが、その高めのストレートを中村に完璧に捉えられた。そのとき、斎藤が投げたストレートは、中腰になったキャッチャーの構えた通りの高さへ行っていたのだ。懐が深く、構えが大きい中村に吊り球を投げるなら、なんとなく中腰に構えるのではなく、きっちりと高めのボールゾーンにミットを持っていくべきだった。あわよくば空振り、本命の勝負球は次の低目へのスライダーだったのならばなおさらだ。
盛岡大付の植田拓が9回に放った同点ホームランは延長で済美を突き放す勝利につながり、仙台育英の馬目郁也が打った逆転サヨナラの一打は大阪桐蔭の春夏連覇の夢を打ち砕いた。勝利には結びつかなかったものの広陵を追い上げた中京大中京と天理、あと一本に泣いて仙台育英に敗れた日本文理など、野球の神様が演出した最終回の悲喜こもごものドラマは、今年も夏の甲子園を盛り上げた。
9回を盛り上げた敗者と言えば、真っ先に思い浮かぶのはその日本文理だろう。8年前の夏の決勝。中京大中京に6点差をつけられた9回表。日本文理はツーアウト、ランナーなし、ツーストライクまで追い詰められながら、そこから5点を返して1点差まで追い上げた。痛烈なライナーがサードのグラブに収まった瞬間、敗者が笑い、勝者が泣いた。そして敗者は勝者と等しく讃えられた。のちに日本文理の大井道夫監督に話を聞いたとき、こう言っていた。
「私が子どもらに言っているのは、ピッチャーというのは本能的にストライクを放りたいんだということ。それが表に出やすくなるのが1回と9回なんですよ。だからピッチャーというのは立ち上がりと9回が難しいんだ。私も経験があるけど、9回になるとピッチャーは早く試合を終わらせたくなるもの。だからストライクを放りたくなるんです。あの夏のウチのバッターはイケイケドンドンの選手ばかりだったから、ストライクが来たら行きますよ。それがあの追い上げにつながったんでしょう」
ところがこの夏、同点のランナーを三塁に置きながら最後のバッターとなった日本文理の稲垣豪人は、仙台育英のエース、長谷川拓帆が投げたインハイのボール球に手を出してしまった。この夏限りで勇退する大井監督の甲子園は、ここで終わりを告げた。イケイケドンドンもときには裏目に出る。きまぐれな野球の神様のご機嫌を窺うのは甲子園ではとりわけ難しいのだと、あらためて痛感させられた。
文=石田雄太 写真=BBM

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