9月9日、福井県で行われた日本インカレで桐生祥秀(東洋大4年)が男子100mで日本人初の9秒台となる9秒98をマーク。その記者会見の模様をお伝えする。

日本人初となる9秒台をマークした桐生祥秀(写真・中野英聡/陸上競技マガジン)

――9秒台おめでとうございます。今の気持ちを。
桐生 10秒の壁と呼ばれていて、そして9秒台を出せたことは本当にうれしい気持ちでいっぱいです。だけど、今は来年、9秒台をコンスタントに出したいという思いが大きいです。東洋大のユニフォームを着て走る最後の100mで、4年間、更新できなかった自己ベストを更新して9秒台を出せてよかったです。100mの後もリレーがあったり、たくさんの方と話したりしていたので実感がないです。夜、一人になったときに今よりも実感すると思います。大学に入って4年間、ベストが出なくて、土江(寛裕・東洋大)コーチの方が僕より心配していたと思うので、この記録が出せて良かったです。それに、僕自身もこれで世界と戦うスタートラインに立てた。これから先、タイムがもっと上がるように練習していきたいなと思います。

――決勝のスタートラインに立った時の気持ちは。
桐生 予選、準決勝と脚に不安がありましたが、決勝は100mのスタートラインに立つのなら、万全の気持ちで行きたいですし、立てば優勝を狙いました。決勝は怖さを捨てて、自分の脚を信じて、肉離れしたら仕方がないと、今大会初めてスタートを思い切り出ました。ケガなく終われて良かったです。

――最初は9秒99と表示されました。
桐生 伊東浩司さんの映像(1998年バンコクアジア大会で10秒00を樹立した時のもの)を見ていて、そのときは9秒99が10秒00になっていたので、「これだと、(日本記録)タイになっちゃうな」なんて考えていました。だけど変わって9秒98になって、テンションあがりました。

――この4年間を振り返ってください。
桐生 大学に入ってから、土江コーチとうまくいかない時期もありました。ただ、良いときも悪いときもあって、今に至ったと思っています。これから先もお世話になりますし、そういう方の前で記録が出せた。僕自身、記録でしか恩返しできないと思っているので、この記録が4年間、いろいろあったことへの恩返しかなと思っています。

――4年間、思い出される土江コーチの言葉はありますか。
桐生 常に練習を見てくれて、僕のアホらしい行動も笑ってみてくれる。大学1年のときにうまくいかなくて、本当はダメなんですけど、僕自身がコーチにタメ口でキレたこともありました。タイムが出てから僕を怒ってくれる人ってあまりいなかったのですけど、土江コーチ、柴田先生(博之、洛南高校監督)と、ダメなときに怒ってくれる人が近くにいたので、今までやってくることできました。

――ここから目指していくものは。
桐生 世界のファイナリストになろうと思ったら9秒台は通過点。今回は、多田君というライバルがいて、前に出られても落ち着いてレースができた。日本選手権で悔しい思いをしたので、スタートラインに立ったら優勝したいと思ったし、ここで負けたら負け癖が付いてしまう。必死にスタートして、フィニッシュした時には僕が前にいました。その時は9秒台というより、優勝できて良かったと思いました。

――9秒台の要因はどこにあったと思いますか。
桐生 東洋大学で4年間やってきて、このままベストを出さずに終わるのも嫌だったので、大学生として最後の最後に優勝して笑顔で終われればいいかなと思っていました。良いときがあったり、悪いときがあったりと激しい選手だと思うのですが、今思うと中3のときも、高3のときも、今も、最後の最後にはいい感じで終われているので、そういうのは強みかなと思います。

――土江コーチの涙を見て。
桐生 今日は、周りの方々が涙を流してくれていて、「いいな」というか、達成したんだなと思いました。いつもは僕が涙を流して、周りの人に支えられていたんですけど、今日は僕が笑顔でゴールして、周りの方が泣いてくれるという、大学の終わり方ができました。

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