画像: 一丸、責任...。U20トロフィー制覇のU20日本代表、帰国直後の声。

一丸、責任...。U20トロフィー制覇のU20日本代表、帰国直後の声。

トロフィーを手にするU20日本代表の眞野泰地主将(前列左)とファウルア・マキシ(前列右)
(Photo: Frankie Deges / World Rugby)
日本時間の9月13日の8時30分過ぎに成田空港へ着くまで、30時間近くは旅をしただろうか。
8月下旬から南米ウルグアイでおこなわれてきたワールドラグビーU20トロフィーで優勝した20歳以下(U20)日本代表が、ようやく帰国した。
大会の開かれたモンテビデオを11日に離れ、アルゼンチンはブレノスアイレスに一時着陸。ここからフランスはパリで乗り継ぎをおこない、帰国するまでの飛行時間はパリでのトランジットを除いて「25時間45分」。ツアーに携わった旅行会社の関係者が明かした数字が、タフな様子を覗かせた。
「このゴールは決まっていたのですが、曲折を乗り越えて達成できた選手たちを誇りに思います。向こうへ行ってからもいろいろなことがあったのですが、成長してくれました。選手の可能性をすごく感じたツアーでした」
長旅を終えてこう語るのは、遠藤哲ヘッドコーチだ。戦前、さらに現地入り後も、多くの故障離脱者を出していた。今回は、候補合宿に帯同させなかった選手を登録して成果を残したのである。
現地時間9月10日、U20ポルトガル代表との決勝は、雷雨による途中切り上げがなされながら14-3で勝利。指揮官は、自ら選んだメンバーのたくましさに目を細めた。
「勝ちたい意欲、ゲームプランを遂行する信念...。そういう『内なる勝利』が試合で見られました」
旅先での苦労は絶えなかった。ウルグアイ協会を通じて地元クラブのグラウンドを使えるよう調整していたが、いざ現場に行けば使用不可とされた。クラブが協会よりも強い権力を持つ先方のお国事情に伴い、その日は宿に戻って連携の確認をするにとどめたようだ。
FLのファウルア・マキシは苦笑する。
「きつかったですね。いろいろありました」
大学2年生以下の選手で構成されるU20日本代表にあって、マキシは早生まれのため天理大3年ながら参加。1年だった一昨季から3年連続で同代表入りし、昨年度は上位トーナメントのU20チャンピオンシップで下部降格の憂き目に遭っていた。最後のU20日本代表参加に際し、「非常に責任を感じていました」とのことだ。
「U20日本代表に参加するのは今年が3回目なんですけど、去年はU20チャンピオンシップから降格して悔しい結果を残したので...」
大会前の人員入れ替えにも、実際に時間が経てば「(主力候補の)メンバーがいなくなったのは大きいと思ったんですけど、向こうへ行って一緒に練習したら、『イケるな』と思いました」と相対化できるようになっていた。FWの軸として、持ち前のフィジカリティを発揮。U20ポルトガル代表戦では、鋭いキックチャージでボールを得て先制トライを奪った。ミッションクリアを受け、破顔した。
「今度は優勝して、後輩たちのためにもう一回上に上がりたかった」
このチームをまとめたSOの眞野泰地主将は、コンディション不良で決勝戦に出られなかった。それでも「主将という立場なので、チームに貢献するような行動をしました」。練習見学の合間に一人ひとりへ声をかけ、当日に発揮される仲間のエネルギーを蓄えた。
「行動で示すということは変わらなかった。チームのために何ができるかを心掛けてやっていました。練習を観ながら、外から雰囲気を盛り上げられるようにしたり。(グラウンドに入らない分)一人ひとりへの声かけはしやすくなったので、そのことは特に意識しました」
3月のチーム始動時からリーダーシップを取ってきた東海大の2年生は、最大の大舞台に顔を出せずとも船頭役の役割を全うしたのである。追加招集された選手に関しては、「チーム内にはプレーブックというノートがあったのですが、それをしっかりと読んで、理解して、ついてきてくれました」と感謝を口にした。
結局は上位大会のU20チャンピオンシップへの復帰を決めるも、「特別な準備をいまの時点からしなくては」と遠藤ヘッドコーチ。この晩夏のレビューをもとに、上位大会に居続けるための手はずを整えたい。
(文:向 風見也)

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