画像: 広島が99試合で終わった 元祖セパ同時優勝1951年の不思議

広島が99試合で終わった 元祖セパ同時優勝1951年の不思議

下位の順位はどうでもよかった!?
セの優勝を決めた巨人。表彰式は全日程を終える前に行われた
広島、ソフトバンクのセ、パ同時優勝なるか?と話題になり、報道でも過去の例がいくつか挙げられている。そのうち「1951年9月23日、公式戦打ち切りによる巨人、南海の優勝決定」の記事で、頭の中に「?」マークが乱舞した方も多いのではないか。
この年はセ・リーグ、パ・リーグとも7球団による20回総当たり120試合制だったが、オフの日米野球でのアメリカ選抜チームのスケジュール優先で順位決定後の試合はすべて打ち切りとなったのだ。つまり23日は優勝チームが決まったというだけで、全試合が打ち切られたわけではない。10月7日にパが62試合を残し、9日にはセが37試合を残し終了となった。
同年の順位と試合数を列記する。
セは以下だ。
1位・巨人=114試合
2位・名古屋=113試合
3位・阪神=116試合
4位・松竹=115試合
5位・国鉄=107試合
6位・大洋=108試合
7位・広島=99試合
6位大洋と7位広島のゲーム差は4。普通なら広島がまだ21試合戦えたのだから順位決定とはいかないような気がする。
パは以下だ。
1位・南海=104試合
2位・西鉄=105試合
3位・毎日=110試合
4位・大映=101試合
5位・阪急=96試合
6位・東急=102試合
7位・近鉄=98試合
パの6位東急と7位近鉄の差は0.5ゲームである。もはや下位チームの順位など、どうでもよかったというのが、本当のところだろう。
当時の『ベースボールマガジン』での野球評論家・竹中半兵氏のコラムによれば、実はシーズン当初、セは25回総当たり、シーズン中にも21回総当たりにすると言い出しており、それならば、9月23日の時点で優勝は決まらず、やはり20回総当たりに戻したらしい。辛口で知られた竹中氏のコラムには「少しでもパシフィックに対して優越感を持とうとするのが納得しかねる。考えれば考えるほど不愉快な一年間であった」と書かれている。
写真=BBM

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