画像: 球音がない2日間、選手会が史上初のストを決行【2004年9月18日】

球音がない2日間、選手会が史上初のストを決行【2004年9月18日】

試合中止の看板が立てられた札幌ドーム。選手会の動きを多くのファンが支援していたこともあり、大きな混乱はなかった
プロ野球の歴史の中から、日付にこだわって「その日に何があったのか」紹介していく。今回は9月18日だ。
ペナントレース佳境の2004年9月18、19日、日本プロ野球史上最初で、願わくば、最後となってほしいストライキがあった。
突然の近鉄、オリックスの合併問題から始まり、いつしか1リーグ制に向けた水面下の動きが発覚。選手会とファンが猛反発した、いわゆる「球界再編問題」の中の出来事である。
二転三転する状況の中、9月6日に選手会が「オリックス、近鉄の合併が1年間凍結されなかった場合、9月の毎土日の試合でストライキをする」と発表。9、10日、16、17日と選手会と日本プロ野球機構が協議交渉委員会を行ったが、ついに決裂。選手会は要求していた近鉄とオリックス合併の1年間凍結については譲歩して、「来季からの新規球団参入に最大限努力する」という約束をなんとか取り付けようとしたが、機構側はそれを合意文書に盛り込むことをあくまで拒否した。
その夜、古田敦也選手会会長(ヤクルト)はテレビ出演。ストライキに至る経緯を説明し、ファンに謝罪。途中から号泣した。
18、19日は土日で12試合が中止。各球場では選手たちが自主練習の後、サイン会を行い、ファンに理解を求めた。
2日間のストライキがどれほどの効果があったのかは分からないが、以後、経営側が新規参入の受け入れに向け、一気に軟化したことは間違いない。その後、ライブドア、楽天が新規参入に名乗りを上げ、楽天の参入で12球団制は守られた。ただし、近鉄バファローズの“消滅”を止めることはできなかったが......。
写真=BBM

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