【ドラフト会議物語28】8球団指名の小池は“避けたかった”ロッテへ【90年】

今年は10月26日に行われるドラフト会議。毎年、金の卵たちが、どの球団へ進むか大きな注目を集める“一大イベント”で、さまざまなドラマも生まれる。今年で53年目を迎えるドラフト会議の歴史を週刊ベースボールONLINEでは振り返っていく。
上位、下位に個性派そろう
指名会見では、終始表情が暗かった小池
1990年11月24日
第26回ドラフト会議(新高輪プリンスホテル)
[1位選手(×は入団せず)]
阪神 湯舟敏郎 (本田技研鈴鹿)
ダイエー 木村恵二 (日本生命)
ヤクルト 岡林洋一 (専大)
ロッテ 小池秀郎 (亜大)×
中日 小島弘務 (元住友金属)
日本ハム 住吉義則 (プリンスホテル)
大洋 水尾嘉孝 (福井工大)
近鉄 寺前正雄 (北陽高)
広島 瀬戸輝信 (法大)
オリックス 長谷川滋利(立命大)
巨人 元木大介 (上宮高出)
西武 長見賢司 (伊丹西高)
会場は、この年から新高輪プリンスホテルとなった。
この年、最大の目玉は春の東都大学リーグで111奪三振をマークした亜大の左腕・小池秀郎だ。事前に巨人、ヤクルト、西武と志望球団を明らかにし、ほかの球団には指名回避を要請。亜大の矢野総監督は「もっとも避けたい球団」としてロッテを挙げていた。
しかし会議当日、小池を阪神、ヤクルト、ロッテ、中日、日本ハム、近鉄、広島、西武の8球団が1位指名し、当たりクジをロッテが引いた。ロッテは小池サイドの回避の要請を了承しながら、直前になって、金田正一監督の強い希望で強行指名に踏み切ったという。
その瞬間、小池が待機していた亜大の大ホールに集まっていた一般学生から悲鳴が沸き起こった(ロッテの不人気は、そのくらい一般的だった)。表情を曇らせた小池は「いまは何も言えません。これからいろいろな方に相談しなければいけませんが、ロッテの方と会うことはありません」と言って10分で会見を切り上げ、その後、社会人の松下電器に進むこととなった。
逆に満面の笑顔を浮かべたのが、前年ダイエーの指名を拒否し、浪人していた元木大介。滞在先のハワイで「1年間待った甲斐があった」とYGの帽子をかぶってテレビ中継ではしゃいだ。オリックスも単独で、のちメジャーでも活躍する長谷川滋利を獲得している。
小池の外れ1位で阪神が湯舟敏郎、ヤクルトが岡林洋一、中日が小島弘務、日本ハムが住吉義則、近鉄が寺前正雄、広島が瀬戸輝信、西武が長見賢司を指名。湯舟はのちのノーヒッター、岡林は92年の優勝に貢献、瀬戸も控え捕手としていぶし銀の存在感を見せた。小島は前年ドラフト外で西武と契約するも無効となっていた選手である。
2位には、のち中日で99年優勝に貢献した阪神の関川浩一(駒大)、逆に関川らとの交換で阪神に行って大成した中日2位の捕手・矢野輝弘(東北福祉大)のほか、近鉄の水口栄二(早大)、オリックスの戎信行(育英高)、西武の奈良原浩(青学大)といった渋い名前がある。
3位以降にも大物、個性派がいる。3位では小池の亜大の同僚で、のちヤクルトの守護神・高津臣吾、ロッテが全打順、全ポジションで出場した五十嵐章人(日本石油)、近鉄がピッカリ投法の佐野重樹(近大工学部)、オリックスが左打者キラーで鳴らし、引退後も清原騒動で話題となった野村貴仁(三菱重工三原)。4位には阪神が92年の躍進を支えた田村勤(本田技研)、ダイエーが鉄腕・下柳剛(新日鉄君津)、大洋がのちの首位打者・鈴木尚典(横浜高)、さらに中日5位に91年の新人王・森田幸一(住友金属)、ダイエー6位に盗塁王・村松有人(星稜高)らがいる。
また、この年のメジャー経験者に長谷川、高津、野村がいるが、メジャーには届かなかったが、米球界に挑戦した選手が水尾、佐野、日本ハム4位の南竜次(天理高)、西武5位の内山智之(大阪経法大)らと数多いのも特徴だろう。
<次回に続く>
写真=BBM

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