画像: 【ドラフト会議物語43】前代未聞のクジの見間違え! 陽は日本ハム、T-岡田はオリックスへ【05年高校生】

【ドラフト会議物語43】前代未聞のクジの見間違え! 陽は日本ハム、T-岡田はオリックスへ【05年高校生】

今年は10月26日に行われるドラフト会議。毎年、金の卵たちが、どの球団へ進むか大きな注目を集める“一大イベント”で、さまざまなドラマも生まれる。今年で53年目を迎えるドラフト会議の歴史を週刊ベースボールONLINEでは振り返っていく。
39年ぶりの「分離ドラフト」
大阪桐蔭高からドライチが2人誕生。左が辻内、右が平田
2005年10月3日
第41回ドラフト会議・高校生
(新高輪プリンスホテル)
[1巡目選手]
広島 鈴木将光 (遊学館高)
楽天 片山博視 (報徳学園高)
巨人 辻内崇伸 (大阪桐蔭高)
日本ハム 陽仲壽 (福岡第一高)
ヤクルト 村中恭兵 (東海大甲府高)
オリックス 岡田貴弘 (履正社高)
横浜 山口俊 (柳ケ浦高)
西武 炭谷銀仁朗(平安高)
中日 平田良介 (大阪桐蔭高)
ロッテ 柳田将利 (青森山田高)
阪神 鶴直人 (近大付高)
ソフトバンク 荒川雄太 (日大高)
第2回の1966年以来、39年ぶりの「分離ドラフト」。高野連からの「進路決定を早くしたい」という希望を受けてのものだった。
10月3日、第1弾が高校生を対象に行われた。1巡目で競合したのは巨人、オリックスが最速156キロ左腕・辻内崇伸、超高校級遊撃手と言われた陽仲壽が日本ハム、ソフトバンク、191センチの左腕・片山博視が広島、楽天だった。
このうち辻内が巨人、陽が日本ハム、片山が楽天に進むのだが、辻内と陽で大きなミスがあった。
辻内の抽選で最初に交渉権確定を引き当てたと喜んだのが、オリックスの中村勝広GM。辻内とチームメートで中日に1巡目指名された高校通算70本塁打の大砲・平田良介に花束が渡され、共同会見も終えたが、実は巨人が交渉権を獲得していたことが判明。オリックスについて、やや硬い表情で「素晴らしい球団に指名されて光栄です」と言っていた辻内も「小さいころから巨人ファンだったのでうれしい」と正直な心境を口にした。なお、同一高校からのドライチは、87年PL学園高・立浪和義(中日1位)、橋本清(巨人1位)以来となる。
もう1人の陽は、当初、ソフトバンクの王貞治監督がガッツポーズ。ソフトバンクが兄の耀勲を獲得する予定になっていたこともあり、うれし涙を流しながら「兄と一緒にプレーできるのはうれしい」と語っていたが、一転差し違えで日本ハムへ。会見は一時中断され、15分後に再開。「日本ハムに決まった心境は」と聞かれ、長い沈黙の後、「うれしいです」と笑顔で答えた。
いずれも「交渉権確定」の当たりクジと外れクジを勘違いしたためだった。
ほか1巡目では辻内を外したオリックスが、のちのT-岡田、岡田貴弘、横浜が山口俊、西武が炭谷銀仁朗と、のちの主力たちの名前がある。
2巡目は広島、ロッテの2球団だったが、これは後日の大学、社会人ドラフトで自由枠に変わる「希望枠」を使わない球団のみの枠だった。
3巡目では楽天・宇部銀次(盛岡中央高)、ヤクルト・川端慎吾(市和歌山商高)らヒットメーカー。5巡目では日本ハムが今成亮太(浦和学院高)、ロッテが細谷圭(大田市商高)、阪神が前田大和(樟南高)ら渋めの内野手の名前もある。陽岱鋼、銀次、大和と、ある意味、登録名変更組が大成した世代とも言えるだろう。
2球団が3巡目、8球団が4巡目、2球団が5巡目で終了だった。
<次回に続く>
写真=BBM

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