画像: 【石田雄太の閃球眼】イチローが呼び起こしたバンダーウォールの記憶

【石田雄太の閃球眼】イチローが呼び起こしたバンダーウォールの記憶

MLBの代打安打記録28本を打ったロッキーズ時代のジョン・バンダーウォール
日本より一足早く、メジャー・リーグのレギュラーシーズンが終わった。ポストシーズンに進めなかったMLBのチームにとってこの日は終戦を意味し、クラブハウスは卒業式のような空気に包まれる。選手たちは誰彼となく抱き合い、別れを告げていた。次に会うのは早くて2月、4カ月以上も集合がかかることはない。やれ秋季キャンプだ、納会だ、自主トレだと、ことあるごとに顔を合わせるNPBのオフとは大違いなのだ。大げさでなく、契約満了の選手にとっては、これが今生の別れになっても不思議ではない。だから誰もが感傷に浸る。
9月末、イチローのメジャー17年目の最後を観るために、4泊6日でマイアミへ行ってきた。最終戦を戦い終えた直後のイチローもチームメートやスタッフたちと抱き合い、別れを惜しんでいた。みんながレジェンドにサインを求めにやってくる。マーセル・オズーナはシーズン中、イチローに借りたバットでホームランを打っていたが、そのときのバットにサインをねだっている。応じるイチローの笑顔も、いつになく柔らかい。
マーリンズの今シーズン、最後のカードはマイアミでのブレーブス4連戦。その直前にマイアミを襲ったハリケーン・イルマの被害は、日本でニュースを見聞きして想像していたよりもはるかに深刻なものだった。マイアミでの常宿は地下の駐車場が水没したため、営業を再開できていなかった。電気が復旧するまでにかなりの時間を要したエリアもあり、ダウンタウンのいたるところにはまるでドカ雪が積もった数日後の東京のように、倒れた木の残骸をかき集めた小さな山が作られ、ズラッと並べられていた。倒れた大木が車の屋根に乗ったまま、ほったらかしにされていたり、民家の瓦が吹き飛んだままになっていたりと、ハリケーンがいかに猛威を振るったかが街のそこかしこからうかがえた。
マーリンズの本拠地、マーリンズパークも真っ白な屋根を覆うシートの一部が吹き飛ばされ、まるで修理中の宇宙船のように痛々しい姿をさらしていた。雨が降ると、屋根が閉まっていてもグラウンドに雨水がしたたり落ちてくる。それでも試合を行うのに支障はないとの判断から、ブレーブスとの4連戦は予定どおり、行われた。ポストシーズンの望みが断たれた消化試合ながら、この4連戦には、シーズン前には想像もしなかったイチローのある記録がかかっていた。それは、代打でのシーズン最多安打――4連戦の初戦に代打で出てライト前ヒットを放ったイチローは、28本というメジャー記録にあと1本まで迫っていた。
まさか、代打という仕事を任されても記録の更新に挑戦することになるのだから、イチローという選手にはあらためて恐れ入るしかないが、そのおかげでまた新たな出会いがあるのだから野球はおもしろい。イチローのおかげで今年、出会えたのはジョン・バンダーウォールという選手だった。ベースボールリファレンスのポジション欄に“ピンチヒッター、外野、一塁”と記載されているバンダーウォールが代打でシーズン28本のヒットを打ったのは1995年のこと。野茂英雄がドジャースに入団した年、彼は野茂と同じナ・リーグ西地区のロッキーズに所属していた。イチローより少ない打数で28本のヒットを打ったバンダーウォールだが、ヒッターズパークのデンバーを本拠地としていたことを考え併せれば、シンプルに数字で上回りたかったイチローの「2位じゃダメなんですよ、バイ、レンホーですね。忘れ去られちゃう」というコメントにもうなずける。
結果、イチローは記録に1本届かず終戦となったのだが、メジャー17年目もイチローは与えられた役割を果たし、くっきりとしたわだちを残した。試合後、ホテルのロビーでワインをのみながら、深夜まで記者仲間とあれこれ語る。バンダーウォールの記憶を辿りながら、ある記者がトリビアを提供してくれた。シーズン代打安打の世界記録保持者は、NPBの選手なのだという。それは誰か――答えは2007年の31本、打ったのはスワローズの真中満。マイアミの午前5時、日本に帰るベースボールライターを、尽きない野球談議が引き止める。それでもスーツケースを投げ出すわけにはいかない。ニッポンの秋、野球の季節はまだ終わらない。
文=石田雄太 写真=Getty Images

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