画像: ドラゴンズ歓喜とVと怒号が飛びかった敬遠策【1982年10月18日】

ドラゴンズ歓喜とVと怒号が飛びかった敬遠策【1982年10月18日】

あきらかなボール球に対し、無造作にバットを振る田尾。秘めた怒りが伝わる
プロ野球の歴史の中から、日付にこだわって「その日に何があったのか」紹介していく。今回は10月18日だ。
「信じられん優勝ですよ。優勝したというより、選手たちにさせてもらったという感じですね。選手たちをほめてやってください」
いつもひょうひょうとしている近藤貞雄監督の顔が紅潮していた。1982年10月18日、中日にとっての最終戦、130試合目となる横浜大洋戦(横浜)だった。21時14分、先発・小松辰雄の速球にラムが空振り三振。8年ぶりのリーグ優勝が決まった。実は小松にとって、これがシーズン2試合目の先発。開幕投手を務めながら、その2日後に故障離脱となっていた。
巨人と激しいデッドヒートが最後まで続き、この試合は中日が勝つか引き分けで優勝、負けたら巨人が優勝だった。しかしながら試合は一方的となり、8対0の大勝。
ただ、この試合中、殺気立ってヤジったのは、大敗していた大洋ファンではなく、優勝をほぼ手中に収めようとしていた中日ファンだった......。
昔はよくあった醜いタイトル争いの典型とも言える試合だった。
首位打者を競っていたのは、中日の田尾安志と大洋の長崎啓二。試合前時点で長崎が.351、田尾が.350だった。この日は、中日にとってはV決定試合でも、大洋にとっては消化試合。大洋ベンチは当然のように長崎を試合に出さず、田尾は全打席歩かせるという作戦をとったのだ。
8回表、そこまで4四球の田尾が5打席目に入ると、捕手は当然のように立ち上がった。カウントは0ストライク3ボールとなったが、次のボール球に田尾が無造作にバットを振った。当てる気などない。田尾はやりきれない思いの中で、「三振しよう」と思った。
大きなどよめきの後、沸き上がったのは怒声だ。田尾は次の1球も迷わず振る。マウンドの山口忠良の表情がこわばり、救いを求めるようにベンチを見た。
騒然とした雰囲気の中、中日の三塁コーチ、黒江透修があわてて田尾に走り寄り、「このままじゃ大変なことになる。もういいじゃないか」と声を掛けたという。
田尾は無言のまま息を吐き、最後の球を静かに見送ると一塁に歩いた。田尾はのち「敬遠は覚悟していたけど、ファンの人に申し訳ないという気持ちと出来レースじゃないというのを伝えたくて、最後の打席でバットを振りました。ああいったファンを裏切る行為は二度と見たくないですね」と語っている。
写真=BBM

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