画像: スタンカの1球で乱闘。「円城寺あれがボールか秋の空」【1961年10月29日】

スタンカの1球で乱闘。「円城寺あれがボールか秋の空」【1961年10月29日】

スタンカが円城寺球審に体当たりを食らわせたシーン。なおシリーズは巨人が4勝2敗で日本一に
プロ野球の歴史の中から、日付にこだわって「その日に何があったのか」紹介していく。今回は10月29日だ。
試合後の南海のスタンカが新聞記者に大声でまくしたてる。
「あれがボールなら俺はどこに投げればいいんだ!」
自信を持って投げ込んだ1球だった。巨人の打者・宮本敏雄が見送り、198センチの長身投手、スタンカは、これでゲームセットと笑顔を浮かべたが、球審の円城寺満はボールの判定。顔が真っ赤に染まり、赤鬼となった。
1961年10月29日、巨人─南海の日本シリーズ第4戦での一幕である。巨人の2勝1敗で迎えた後楽園球場での一戦は、3対2と南海がリードし、9回裏、巨人の攻撃となった。
この回、無死一塁となって鶴岡一人監督がマウンドに送ったのが、第1戦で完封勝利、3日前の第3戦では先発も敗戦投手となっていたスタンカだった(このシリーズは雨が多かった)。時にビーンボールまがいの球を投げ込み、打者を威かくする暴れん坊で、このシリーズでは、巨人の四番・長嶋茂雄に再三危険球を投げ込み、一触即発の場面もあった。
しかし、このときは勝負どころとあって冷静。簡単に二死を取り、続く藤尾茂も一塁へのファウルフライでゲームセットかと思われたが、これを南海の一塁手・寺田陽介が落球してしまう。さらには続く長嶋の三ゴロも小池兼司がジャッグルし、満塁となった。
迎えたバッターが宮本だ。カウント2ストライク1ボールから投げ込んだのが、冒頭の1球、低めに沈むシンカーだった。すぐさま鶴岡監督が抗議に飛び出したが、ジャッジは変わらず。
そして興奮冷めやらぬスタンカが投げ込んだ次の1球が外角高めに甘く入ると、宮本がライト線に運び、巨人が逆転サヨナラ勝ち。ただ、これで終わったわけではない。
外野からの返球を待つ捕手・野村克也のバックアップで走ったスタンカが、おそらくはわざと円城寺球審と衝突し、突き飛ばす。
ゲームセットの後、南海ナインが円城寺球審を取り囲み、乱入した南海ファンとともに小突き、押し倒す「白昼の暴力劇」となった。
ただ、不思議なことに、この騒ぎでも誰も出場停止はなく、続く第5戦でスタンカは先発、完投勝利を飾っている。昔の球界は、それほど暴力に寛容だった......。
なお、このシーンから野球ファンが詠んだと言われる「円城寺 あれがボールか 秋の空」という句も話題となった。
写真=BBM

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