昨年からベトナムに渡り、代表コーチ及び現地で競泳普及に携わっている桑原伸一郎氏から、編集部宛てに現地での活動報告を紹介したい旨の連絡が来ました。
近年、ベトナムをはじめとする東南アジアは経済発展とともに、競泳でもアジア選手権、オリンピックにおいても徐々に存在感を発揮し始めています。ここでは質問ごとに、現地の社会事情含めてご紹介いたします。

はじめに

 ベトナムで競泳指導にあたっている桑原伸一郎です。こちらで指導を始めて2年目となりますが、ここでは最近、急速に発展を遂げているベトナム、東南アジアの競泳事情について、こちらの社会事情なども交えながら紹介したいと思います。よろしく御願いします。

【Q1】桑原さんがベトナムに行った経緯は。

【桑原】過去に日本代表チーム、アメリカ代表チームのスタッフをした経験があったため、「勉強がてらに他国のスタッフとして活動できないか」と海外の知り合いと会話していたところ、それが伝わり、ベトナム水泳連盟(VASA)から連絡が入りました。最初は国際大会の際の科学スタッフとして話をしていましたが、「コーチとして移住して来ないか」と打診されました。2016年3月ごろのことです。

【Q2】ここ数年、経済発展が著しいベトナムですが、社会情勢はどのようなものですか。

【桑原】ベトナムは東南アジアで唯一の社会主義国家で、ベトナム共産党による一党独裁体制ですが、民主的要素も取り入れた政治システムになっています。ドイモイ政策(市場経済化、国際経済への統合)の成果が上がり、近年のベトナム経済は実質GDP成長率6.0%以上の高い経済成長率を維持しています。

 日本商工会加盟数が1550社(2016年4月現在)で、多くの日本企業がベトナムに進出しています。高い経済成長率の維持や、9000万人以上の人口と平均年齢28歳という若さがマーケットしての魅力となっています。

 日本はベトナムにとって最大の援助国で、インフラ開発などに大きく貢献しているため、親日家が多く、「日本が好き」と言葉にするベトナム人が非常に多いです。

【Q3】そのような社会の中で、ベトナムの水泳事情はどのようなものでしょうか。

【桑原】ベトナムではスイミングスクールやクラブチームの運営が基本的にありません。また、学校でのクラブ活動といったものもありません。いくつか存在するクラブチームは、公共プールを借りるなどして、不定期で自主的に取り組む程度で、本格的な競技活動に至っていません。

 ベトナムに存在する競泳チームのほとんどは、「国営ナショナルチーム」と各省が運営する「省チーム」です。国営ナショナルチームや省チームに所属する選手のほとんどは、トレーニングに専念するため寮で共同生活を行ない(コーチ、私も寮で暮らす)、学校の授業も1日に1~2時間しか受けません。こういった選手たちは国や省から生活費などの援助を受けています。

 大会は、各地域の競泳競技者数が少ないため、各地域での大会は基本的に行なわれていません。よって、行なわれる大会はすべてベトナム全地域から選手が集まる『全国大会』ということになるのですが、日本のように標準記録が設けられておらず、各省の判断や予算によって出場するか否かが決定します。上位進出できない選手は出場させてもらいにくいため、トレーニングしていても1年間全く出場機会がない選手が多くいます。それでも出場者数が少ないので、競技はタイムレースで行なわれることがほとんどです。

画像: 大会は競技者数が少ないため、基本は全国大会だが、桑原氏の提案で、ローカル大会も開催し始めているという 写真提供:桑原伸一郎

大会は競技者数が少ないため、基本は全国大会だが、桑原氏の提案で、ローカル大会も開催し始めているという
写真提供:桑原伸一郎

 国際大会の代表選手は、基本的には過去の記録・ランキングを基準に選抜されますが、ベトナム水泳連盟や各省の判断・財政事情なども影響してきます。日本の「派遣標準記録」「この大会で何位以内」というように明確な基準はありません。

 このように、大会出場のための標準記録や国際大会代表選考会がない等の理由で、選手が明確な目標を持ちにくいという状況があります。また練習を行なうプールはあっても、練習用具の物流が不十分で、効果的な練習やバラエティに富んだ練習は限られてきます。

 水泳の競技人口は極めて少ないですが、その少ない数の選手は寮生活をして水泳に専念しているため、競技人口の少なさの割に競技レベルは高いように感じます。ただ、低年齢のうちから多くの練習量をこなせてしまう環境が整っているため、年齢が上がってから記録が停滞しやすい状態があるように思います。このスイムトレーニングの時間が十分に確保できる環境により、東南アジアでは中長距離種目でベトナム選手が活躍する傾向にあります。ベトナム以外の国は、学業を重視する傾向にあり、競技になかなか専念しないという実情があるようです。

画像: 指導者の育成・研修もまた、競技普及の大切な要素 写真提供:桑原伸一郎

指導者の育成・研修もまた、競技普及の大切な要素
写真提供:桑原伸一郎

【Q4】昨年、日本で行なわれたアジア選手権の女子400m個人メドレーでは、グエン・ティ・アイン・ビエン選手が優勝を果たしていますが、代表選手のレベルはどのくらいのものですか。

【桑原】“東南アジアのオリンピック”と呼ばれる東南アジア大会(SEA Games)では、存在感を示しつつあります。同大会は奇数年に行なわれ、この大会での順位は、ベトナム国内でも大きな注目を集めます。2015年、17年には、そのグエン・ティ・アイン・ビエン選手がそれぞれ8個の金メダルを獲得。ベトナム人なら彼女の名前を知らない人はいないほどの国民的スター選手になっています。彼女とそのコーチの練習拠点はアメリカ・フロリダ州に置いています。

画像: 昨年のアジア選手権女子4個メで日本勢を抑えて優勝したグエン・ティ・アイン・ビエン(中)。米国・フロリダ州を拠点に力をつけてきている選手で、国民的スターとして知られている 写真:田中慎一郎/スイミング・マガジン

昨年のアジア選手権女子4個メで日本勢を抑えて優勝したグエン・ティ・アイン・ビエン(中)。米国・フロリダ州を拠点に力をつけてきている選手で、国民的スターとして知られている
写真:田中慎一郎/スイミング・マガジン

【Q5】ベトナムを含めて東南アジアの水泳事情はどのようなものでしょうか。近隣国では、昨年のリオ五輪ではシンガポールのジョセフ・スクーリング選手が同国史上初のオリンピック金メダリスト(男子100mバタフライ)となりました。

【桑原】東南アジアの水泳は、オリンピックはおろか、アジア大会でもメダルを獲得することがまれで、一歩遅れた印象がありました。しかし、2016年リオ五輪でシンガポールのスクーリングが男子100mバタフライで金メダルを獲得し、シンガポール、または東南アジアの水泳界に注目が集まるようになってきました。

画像: 昨年のリオ五輪で、世界に名をとどろかせたシンガポールのスクーリング 写真:Getty Images

昨年のリオ五輪で、世界に名をとどろかせたシンガポールのスクーリング
写真:Getty Images

 2017年8月にマレーシアで行なわれた東南アジア大会での金メダル獲得数はシンガポールが19、ベトナムが10、マレーシアが5、インドネシアが4、タイが2という結果となりました。

 シンガポールは日本の淡路島ほどのサイズの小国(シンガポール人永住者393万人・2016年6月現在)ながら、ナショナルチームに欧米のコーチを招き、各国の進んだやり方を取り入れ、力を付けています。その流れもあり、シンガポール以外の国も、海外からコーチを招聘し競技力向上をしようと動きが出てきています。

 東南アジア大会で金メダルを獲得するような有力選手は、米国や欧州にトレーニング拠点を移す場合が多いのですが、それは戦争や国内の混乱により国の発展が遅れ、競技スポーツを取り組める環境が整っていない国が多いためです。また、まだスポーツがビジネス化されておらず、日本のスイミングスクールや、欧米のクラブチームのような運営があまり行なわれていないことも理由です。

画像: 日本式の運営を行なっているハノイにあるスイミングクラブの様子 写真提供:桑原伸一郎

日本式の運営を行なっているハノイにあるスイミングクラブの様子
写真提供:桑原伸一郎

 しかしながら、この数年で日本からベトナムにルネサンス、カンボジアにグンゼスポーツが進出しており、これから日本式スイミングスクールがアジア各国に広がる可能性があります。そこから競技力を身につけて国際大会で活躍する水泳選手も、今後登場する可能性は大いに秘めています。

 それに伴い、アジア各国で活動する日本人コーチも増えてきています。チャイニーズ・タイペイのヘッドコーチを務めた具志統コーチ、カンボジアヘッドコーチの生山咲コーチ、ミャンマーヘッドコーチの中山和志コーチなどがいます。日本チームが毎回のオリンピックでの複数メダル獲得していることは海外でも高く評価されており、今後日本のコーチが海外で求められるケースはますます増えていくでしょう。

後編では、桑原氏のこれまでの指導における感想を中心にお届けします。

画像: 【現地報告】
経済発展遂げ続けるベトナムの水泳事情 前篇
~ベトナム代表コーチ・桑原伸一郎氏からの報告~


【プロフィール】
くわはら・しんいちろう●1972年生まれ、京都府出身。1993~98年まで、米国アラバマ大学に留学し、運動生理学を専攻。科学的トレーニングで有名なジョンティ・スキナーコーチに師事し、アラバマ大水泳部とレジデントナショナルチームのアシスタントコーチとして活動。また日本代表チームのスタッフとしてサンタクララJr.遠征や1996年アトランタ五輪に帯同。1999年~2008年は京都外大西高校水泳部ヘッドコーチを務め、その間、同校をインターハイ総合上位常連校に導き、2000年には同校の三木二郎がシドニー五輪代表になる。また、2002年にはアメリカ代表チームスタッフも務めている。その後、大阪のMEISPO茨木ヘッドコーチを務めたのち、2016年9月にベトナムへ渡越。2017年1月にベトナムナショナルチーム(ダナン)の海外エキスパートコーチに就任。8月に[東南アジアのオリンピック]と呼ばれる東南アジア大会(SEA Games)にベトナム代表コーチとして参加。担当選手が大幅に自己ベストを更新し、銀2・銅1のメダルを獲得した

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