2005年度の全国高校サッカー選手権大会で滋賀県の新興勢力、野洲高校が初優勝したのを皮切りに、初優勝校が6年続いて誕生した。それまで名門校同士で頂点を争うことの多かった高校サッカーの勢力図が塗り替えられていった。 
 近年も、各都道府県で急速に力をつけてきた新興勢力が台頭し、各地で栄華を極めていた強豪校を苦しめるケースが増えている。今年も各地の強豪校を退け、全国大会への扉を初めて開けた高校があった。
 今回は、今年のインターハイで初出場を勝ち取った滋賀県の近江高校を紹介し、彼らの取り組みをリポートする。
(出典:サッカークリニック2017年12月号)

取材・構成/吉田太郎
写真/吉田太郎

本格的強化2年目で
全国大会へ出場

「一から始めよう。何もないようなところから歴史を築き上げよう」
 そのメッセージに共感して滋賀県内外から集まった1、2年生がこの夏、歴史を変えた。
 2017年のインターハイ滋賀県大会は、05年度の全国高校サッカー選手権大会で優勝している野洲高校と00年度の高校選手権で準優勝している草津東高校のほか、守山北高校、水口高校などの公立の強豪校や、連覇を狙う綾羽高校、比叡山高校などの新進気鋭の私立勢が争う構図になっていた。
 だが、その大会を駆け抜けたのは、16年の本格的強化開始からわずか2年目の私立校である近江高校だった。準々決勝で野洲、準決勝で草津東、そして決勝で綾羽と、強敵を3連破して周囲を驚かせた。
 たった3年前の高校選手権滋賀県大会では、野洲に0–16で大敗。インターハイ滋賀県大会でも2年前は初戦で守山北に0–7で敗れている。本格的強化1年目となった昨年は1年生のみで戦い、1回戦で膳所高校に0–4で完敗した。
 強化をスタートして選手が集まり出してはいたものの、躍進を予感させるものはまだなかった。それが、今回のインターハイ滋賀県大会では、好セーブを連発したGK土屋ヒロユキの存在や、センターバックの長ヶ原陸矢と山内舟征らによる粘り強い守備があったのに加え、テンポの速いパスワークも随所で発揮するなど、自分たちの持ち味も表現して優勝を収めた。
 MIOびわこ滋賀ジュニアユース出身の長ヶ原は「中学生のときに同じチームだった選手たちと戦って勝てたというのは本当にうれしかったし、(周囲からは)『ヤバイな、何してんねん!』と言われました」と頬を緩めた。奈良クラブジュニアユースから進学してきたFWでキャプテンの槙山佳佑も「地元の反響が最も大きかったですね。近江へ入学したとき、(全国大会への出場は)『無理やろ』と言われていました。見返してやろうと思ってやってきて、見返すことができてうれしかったです」と喜んだ。
 近江の躍進は、24年の滋賀国体を見据えた強化と清水エスパルスやアルビレックス新潟シンガポールに所属した経歴を持つ前田高孝・監督が15年4月に就任したことから始まる。
 現役引退後に23歳で進学した関西学院大学の4年時から3年間、コーチ、ヘッドコーチとして同大を指導していた前田監督は、いくつかあったと言うオファーの中から、地元・滋賀の近江で高校サッカー部の指導をすることを決断した。
 野洲のある野洲市、草津東や綾羽のある草津市はいずれも湖南地域(琵琶湖南部)である。また、守山北や水口も滋賀県南部に位置しており、県北の湖北地域には強豪と言える高校が存在していなかった。
 湖北地域の有力な中学生は湖南地域、または京都府、大阪府へ流出している状況だった。その中で「私も湖北の地域で育ったのに、強いチームがなくて草津東へ進みました」と言う前田監督にとって近江の強化には、「やらなければいけないという使命、自分がやる意味があると思い、選びました」という理由があった。

画像: 近江高校を率いる前田高孝・監督は32歳の青年監督。技術面の指導などに限らず、選手たちが精神的に逞しくなることも重視した育て方でチーム力を高め、今年のインターハイ出場を手にした

近江高校を率いる前田高孝・監督は32歳の青年監督。技術面の指導などに限らず、選手たちが精神的に逞しくなることも重視した育て方でチーム力を高め、今年のインターハイ出場を手にした

一からチームをつくり
1位になるための挑戦

 昨年10月に完成した人工芝グラウンドを有し、現在は県内外から集まった14人が学生寮で生活している。しかし、前田監督が就任した当時、サッカー部は軟式野球部と土のグラウンドを共有する状況で環境は整っていなかった。そのため、前田監督は「(1年目は)滋賀県内の中学校はほとんどのチームに行かせてもらった」と言うように、各中学校やクラブチームを回り、選手集めに奔走した。
 とは言え、実績がないに等しいチームの強化を始めたばかりの青年指揮官は、あいさつするために連絡したチームに軽くあしらわれるようなこともあったと言う。それでも、チームを強くするために県外にも積極的に足を運んだりもした。
 近江への進学を決め、プレーしている選手たちは一様に、前田監督の存在が大きかったことと「前田監督が語った目標を自分も達成したい」という思いを持ったことを進学理由に挙げる。
「前田監督が『何もないところから始めて名前を出そう。一からチームをつくって野洲や草津東、綾羽を倒す、1位になる』と言ったことが面白いと思い、自分もやってみたいと感じました」(長ヶ原)
 一から挑戦することに魅力を感じた選手たちが集結した。前田監督は「何もないところなので、県トレセンに入っているような選手は来てくれません。県トレセンなどには入れていないけれど、何か一つストロング・ポイントがある選手、面白いと思った選手を選んだつもりです」と言う。こうした選手たちやコーチング・スタッフの情熱も歴史を変えるチームのベースとなった。
 強化に必要な環境を整えるために、前田監督は学校側との話し合いのときなどには常々、チームの将来的なビジョンを語っていたという。ビジョンで掲げたのは、結果を残したり、魅力的なサッカーを表現したりすることだけではない。「近江が滋賀の高校サッカー界においてどのような存在になるか」といった、より魅力のある学校へ変えていくことまで及んだそうだ。
 前田監督が話した具体的なビジョンは、滋賀県の中学生たちが「近江を目指したい」と思うようなサッカー部づくり、学校づくりだった。
「(就任から)3年後に、県北から草津東や野洲などを目指す子供たちが、近江で止まる。5年後には滋賀県中から近江を目指すチームにならなければいけないと思っています。そのためには、結果も必要ですし、取り組んでいるサッカーの内容も必要です。そして何より、チーム自体が『近江のサッカー部はいいよね』と言われる存在にならないといけません。人を集めればいいのではなく、サッカー部として、学校として、ブランド力の高め方が大切なのです」(前田監督)
 高校選手権滋賀県大会を控えた9月某日の練習では、夕立にも見舞われる中、BチームとC1チームがAチームと同じテンションで動き回っていたのが印象的だった。
「Aチーム20人の力を上げるだけではなく、全体を上げることが大切です。各カテゴリーにコーチをつけ、『この選手はいいですよ』と、コーチがミーティングなどで言ってくれた選手をどんどん上げています。縁があって近江に来てくれた選手たちですから、全体が良くなるようにしたいのです」(前田監督)
 前田監督は、槙山が「練習は常に違うメニューで行なわれ、頭を使わないと理解できないものばかりです。そのため、サッカーも理解できるし、賢くなれたと思います」と言う練習メニューで選手たちの技術と判断力を向上させている。
 毎週水曜日の「上げ日(練習の強度を上げる日)」には、「4対4」や「5対5」のシュート・ゲームを繰り返し、負けたチームにはグラウンド3周の罰を課すなど、勝負にこだわることも求めている。カテゴリー対抗の試合などでは選手の入れ替えを頻繁に実施しているほか、胸の位置まで積もるほど降雪量の多かった昨冬は、雪上でのダッシュを繰り返したこともあった。 
 選手たちの出身チームや後輩にも、情熱的な指導や好環境などの魅力が伝わっているのだろう。今年の夏に「インターハイ初出場」の結果も出した近江は、過去2年間よりも滋賀県の中学生から目を向けられる存在となっているようだ。

画像: 一からチームをつくり 1位になるための挑戦

「本物」に触れさせ
「本物」の振る舞いを知る

「何かを切り開くための逞しさを身につける」。これもチームがこだわってきた部分だ。
 前田監督は新潟シンガポール時代の恩師に当たる大塚一朗・監督が率いる富山第一高校(13年度の高校選手権優勝校)に年3回ほど遠征に行き、胸を借りているという。現在の2年生が1年生のときには約10日間の九州遠征を実施し、東福岡高校や神村学園高等部といった強豪校とも練習試合を行なった。
「『強いチームがどのようなウオーミングアップをし、どんな行動を取っているのか』を見せたかったのです。私が1年目にやらなければいけないと思ったのは選手たちに『本物』に触れさせることでした」(前田監督)
 そのほか、高校時代にレスリングで日本一になった人や飲食業で成功した人、Jリーグの新人研修で講師を務めた人たちに講義してもらうなど、選手たちはサッカー以外の「本物」にも触れて刺激を受けてきた。また、ドキュメンタリー番組を見たり、1分間スピーチをしたりするなど、ピッチでの練習時間(約2時間)以外にもさまざまな経験をさせ、考えさせた。そうすることで、サッカーに限らず、社会へ出てから何かを切り開ける人間になるための逞しさを身につけさせている。
「近江のことは知らなくても、野洲のことは多くの人が知っている。その野洲に勝ったらどうなる?」、「この地域(湘北地域)の高校が優勝したら初めてのことだぞ」。勝負のときには指揮官からチームを勇気づける言葉も常にあった。
 壁を乗り越えるためには日頃の努力に加え、エネルギーと逞しさが必要だ。「本物」を見て、「本物」の逞しさや壁を乗り越えることの素晴らしさを学び、一から積み重ねてきた彼らは、チーム力を高めて歴史を変えた。
「例えば社会に出たとき、相手が自分よりも立場が上だったとしても怯んでほしくありません。『いいえ、私はこう思います』と言えたり、ファイティング・ポーズを取れたりできる男になってほしいのです。近江の3年間では、サッカーを通じて『逞しさ』も手に入れてほしいです」(前田監督)
 前田監督の言う「逞しさ」を日常生活から身につけてきたことが、滋賀県制覇の最も大きな原動力になったのかもしれない。
 今年の滋賀県3部リーグに所属している近江Bチームは、残り2試合で迎えた昇格争いの一戦(対石山高校)で引き分けた。敗れれば昇格がなくなる試合で後半終了間際に勝ち越されたが、選手たちは誰一人諦めず、ファイティング・ポーズを取り続けて試合が再開した直後に同点ゴールを奪った。そして最終節に石山が敗れ、勝った近江Bチームが逆転で滋賀県2部リーグ昇格を決めたのだった。しかも、滋賀県2部リーグで優勝したAチームとのダブル昇格となった。チーム全体が逞しさを身につけてきたからこそ生まれた奇跡だった。
 今年のインターハイ滋賀県大会も野洲や草津東と言った名門校相手に怯まなかった。強気な姿勢で強敵に食い下がり、白星を勝ち取った。
しかし、野洲の猛攻をひたすら跳ね返し、草津東、綾羽にPK戦の末に競り勝ったインターハイ滋賀県大会の優勝について、「勢いによってもたらされたこと」と、選手たちは「ビギナーズ・ラック」だったことを否定しない。迎えたインターハイの全国大会は、力の差を感じさせる初戦敗退だった。
 その中で最近、前田監督は「普段から目に力が入っている選手、私に対してもファイティング・ポーズを取るような選手が増えてきた」ことを喜んでいる。着実に成長してきた1、2年生たちが「もう1回全国大会に出たいですし、そこで1回勝ってみたい」と長ヶ原が言う目標を達成し、歴史をまた塗り替えるため、自分たちの力と逞しさを磨く。

監督コメント

「私の中で大切にしているのが『逞しい人間を育てること』です。
逞しさとは、ただ強いだけの男のことではありません。自分で道を切り開ける男になることです」
(前田高孝・監督)

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