第1回
アントン・ヘーシンク
ANTHONIUS GEESINK

1989年5月号掲載[スペシャル・インタビュー]

「日本よ、今こそ狭い視野を捨て、世界のリーダーとして立ち上がれ!」

かつて日本柔道の前に大きく立ち塞がった“偉大なる巨人”アントン・ヘーシンクが熱く語る

アントン ヘーシンクのスペシャルインタビューの後半。

画像: 「近代柔道」1989年5月号

「近代柔道」1989年5月号

日本が柔道衣のカラ―化を
恐れているのはナゼ!?

――ではここで“柔道”自体のことについてお話をお願いします。何年か前からカラー柔道衣を紹介していますが、これはどういうきっかけですか?

ヘーシンク やく20年ほど前に、身体障害の子どもたちのために柔道を教えるプログラムを行いました。大変重い障害の子どもたちばかりで、ポリオ(流行性小児麻痺)の子もいました。ですから柔道を指導、理解させることは困難で、やはり良い結果は得られませんでした。私たちは、医師とディスカッションして、いろいろ考えました。そして何ヵ月か真剣に検討してみて、私は一つのことに気が付きました。それは、子どもたちは「取り」が何をしているのか、「受け」が何をしているのか全く見えてないんじゃないかということで、その原因は両方が同じ色の柔道衣を着ているからからじゃないかということです。それなら…ということで違った色の柔道衣を使って見たんです。

――結果はどうでした?

ヘーシンク もちろん、3ヵ月後に素晴らしい結果を得ました。というのも、子どもたちに、「ほら、黄色の人がこうしているでしょう」とか「白がこうしたから投げられたんだね」などと説明できたからです。とてもよい方法なのです。それ以来、オランダ中の学校柔道でこれを使わせています。ただしどの色を選ぶかはそれぞれの学校が任されていますけど。

――それは面白い。一体どんな色に人気がありますか?

ヘーシンク それはオランダの中の宗教にもよりますね。カソリックスクールだと必ず黄色ですが、青も赤も大変人気があります。

――まるでチューリップのようですね(笑)。

ヘーシンク そうですね(笑)。しかし、これは観客だけでなく審判員にとってもわかりやすいと思います。サッカーの試合の様にね。しかし、オリンピックでカラ―の柔道衣が実現しなかったのは、それだけ日本の影響力が強いということの表れなのです。今年の世界選手権でも使われません。日本はこれを恐れているのです。というのもカラー柔道衣になってしまうと、今までのものが全て古くなってしまうと懸念しているからです。これはとても残念なことです。だから私が声を大にして言いたいのは、どうか他からの言葉も聞いて取り入れて欲しいということです。今や柔道は日本のものだけではありません。柔道を日本人だけのものにしておくことは、あの嘉納治五郎先生の理想ではありません。嘉納先生は考え方の正しい人で、全ての人が柔道をするのだと唱えていました。だからそういう意味で東京オリンピックで私が金メダルを取ったときは、二重の幸せでした。1964年の柔道の世界は外国人、つまり日本人以外のオリンピックチャンピオンを必要としていたのです。日本人以外の人が優勝し、「あいつを倒すんだ」と思わせることが非常に大切なことなのです。こうして柔道は発展していくのです。日本の関係者には是非わかってほしい。そうすることが、リーダーであることを見せることで、広い心がなければ失格なのです。私は別に非難しているわけではないし、そんな気は少しもありません。ただ、柔道のためを思って私は言いたい。柔道にとって良いことをしてほしい。それが日本にとっても必ず良いことなのですから。

――カラー柔道衣は良いアイデアだと思いますね。試合を見ていて、選手を知っていれば別ですが、そうでなければ誰がどうなっているのかわかりにくいでしょう。

ヘーシンク そうですね。私も日本で高校の試合などを見ますが、道衣は同じ、髪の色、長さも同じ、背格好も同じで、動きが速いから全く区別がつきません。

――例えばテニスなどでは、ウェアは白でなくてはならなかった時代から、今はカラフルになっていますね。ボールも白から黄色に変わっていますよね。相撲のまわしだってそうです。昔は黒か紺の二色だったのが、いまではいろいろな色になっています。時代が変わったといえばそれまでですが、日本がカラ―柔道衣に反対する理由は何ですか?

ヘーシンク さあ、わかりません。そのことについて日本側と話し合ったことはありません。大変残念なことだと思っています。

世界はリーダーを必要としており、
それは日本をおいていない

――柔道衣についてはこれくらいにさせてもらって、次に体重制についてお話し下さい。

ヘーシンク よく体重制は柔道に変化をもたらしたかどうかという質問を受けますが、当然それによって大きな変化・批判が生まれたと思います。ただ、変化というのはリーダーがいないときはいつも可能です。トップからくる変化もあります。しかし、いろいろ人が集まって話をすると、結局ベストな考え方に投票するのではなく、その場をしのぐ解決策を採決するという結果になるのが常です。7、8割が賛成するというのは、ごく普通の解決法を選ぶことになります。ところが、4か5のタイトルを持つ強い国の言うことにはみんな耳を傾けます。体重制についてもそうです。今では日本の声は強くありません。アジア大会、ソウル五輪で惨敗した日本が再び力をつけ、柔道の全てにおいてリードしていかなければならないということがここにあるのです。畳の上でチャンピオンでいる限り声は通ります。

――実際、日本の選手では誰に強い印象を持ちますか?

ヘーシンク 古賀(稔彦)、斉藤(仁)は良いプレーヤーですね。(このときはまだ斉藤の引退は知らされていなかった)。その他にもたくさんの好選手が揃っていると思いますし、私は日本の選手を見るのが好きです。彼らが負けても良い柔道が見せられればどうこう言う必要はありません。でも、もうそれではダメなんですね。

――日本以外ではどうですか?

ヘーシンク 毎年毎年、選手の入れ替わりが激しいので名前を挙げることは難しいですね。でも大体フランスから良い選手が出ますね。それからソ連、ポーランドも最近強い。

――オランダはどうですか?

ヘーシンク オランダにも好選手はいます。メイヤー、スパイカーなど。でも、世界の水準が大変高いものになってきていますから、やはり難しいですね。

――日本とヨーロッパの違いは?

ヘーシンク 日本は地域的に孤立していますね。強い相手は韓国にいるくらいでしょう。その点、ヨーロッパは交流しやすいですね。どこへでも、どの国へも短時間で行けます。だからたくさんの異なったスタイルを学ぶことができます。これはヨーロッパの選手のアドバンテージですね。どのスポーツでもヨーロッパの選手の水準が高いというのは、国際競技が盛んだからです。

――かなりタフな競争になりますね。

ヘーシンク もちろんです。だから日本も、もっと国際的に特にヨーロッパと交流をするべきだと思います。ヨーロッパの水準は高く、柔道も大変発展していることはご存じの通りです。強い選手も沢山います。

――ヨーロッパの国々は、それぞれの柔道に特徴がありますか?

ヘーシンク みんなそれぞれのスタイルがあります。特にフランスは、全てを備えています。フランスの可能性というのは素晴らしいですよ。登録されている50万人以上の選手と合せて、100万人以上の人が柔道をしています。これは大変なことだと思います。日本はそんなにいないんじゃないですか? 

――いえ、450万人くらいはいると思いますが…。

ヘーシンク エッ、本当ですか? その人たちは一体どこにいるのですか? 私が知っている限りでは大学と警察、それに高校でしょう。

――小中学生や実業団、そして全国各地に道場がたくさんあります。

ヘーシンク そうですか。それではなおさら私が繰り返し言いたいことは、世界はリーダーを必要としており、リーダーは日本をおいてないということです。

――わかりました。それでは最後に近代柔道読者にメッセージを。

ヘーシンク この雑誌で「日本は再び世界のリーダーとなった」というストーリーが載ることを期待しています。 

(了)

画像: ――わかりました。それでは最後に近代柔道読者にメッセージを。

Profile
アントン・ヘーシンク(Antonius Johannes Geesink)、1934年4月6日オランダ・ユトレヒト出身。2010年8月27日、78歳没。国士舘大学名誉博士。十段。1964年東京オリンピック無差別で神永昭夫を袈裟固めで破り金メダルを獲得。1965年に引退も67年に復帰。現役引退後は柔道指導者として活躍する傍ら、石油会社の経営にも携わった。国際柔道連盟教育普及理事、国際オリンピック委員会委員を務めた。2004年国際柔道殿堂入り。主な戦績は1956年世界選手権東京大会無差別3位、61年世界選手権パリ大会無差別優勝、64年東京オリンピック無差別優勝、65年世界選手権リオデジャネイロ大会80kg超級優勝。

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