強固な守備力に鍛え上げた走塁
強豪私学とも対等に渡り合う

 今春の第90回記念選抜高校野球大会で春夏通じて初めての甲子園出場を決めた乙訓(京都)。1964年創立の公立校で、野球部も同年に創部。昨秋は立命館宇治、京都翔英といった強豪私学を撃破して京都大会初優勝を飾った。近畿大会でも神港学園(兵庫)、智弁学園(奈良)を次々に破って4強入り。準決勝では智弁和歌山(和歌山)を相手にサヨナラ負けを喫したが、表の攻撃までは上回っていた。

 2学年80人と大所帯の野球部は恵まれた練習環境を持つ。学内の専用グラウンドは常設のフェンスこそないものの、試合を行いながら中堅奥のサブグラウンド的なスペースで練習をすることが可能。実際、3学年がそろっているときは、そのスペースで1年生が基礎練習を行ってきた。さらにグラウンドに隣接する室内練習場は打撃マシン5台を有し、最大6カ所での打撃練習が可能だ。

 チームを率いるのは2015年に就任した市川靖久監督。高校時代は鳥羽の外野手として春夏連続で甲子園に出場し、春ベスト4、夏3回戦進出の結果を残した。ちなみに1学年下には今季からダイヤモンドバックスに所属する平野佳寿がいた。卒業後は京都教育大でもプレー。保健体育科の教員免許を得ると、初任の北稜で10年間、監督を務めた。異動した乙訓では1年目の夏にベスト4、16年秋にもベスト4に導いた末の昨秋の成果だった。

 その市川監督を支えるのが1982年生まれの同級生の染田賢作部長。郡山高3年夏に三塁手として甲子園に出場歴があり、同志社大では関西学生リーグ初の完全試合を達成するなど、投手として才能を開花させた。そして2005年ドラフト自由獲得枠で横浜に入団。4年間のプロ生活では一軍登板2試合のみで未勝利に終わったが、打撃投手を務めたのちに一念発起し教員免許取得を決意。市川監督と同じ15年に乙訓に赴任した。

画像: 乙訓を率いる市川監督(中央)、染田部長(左)の同級生コンビ

乙訓を率いる市川監督(中央)、染田部長(左)の同級生コンビ

 チームの中心は川畑大地、富山太樹の投の二枚看板。右の川畑は最速142キロの球速を誇り、左の富山は伸びしろの豊かさにプロの注目も浴びる。「勝つ可能性を上げるためには欠かせない」と市川監督が試合に出る野手の条件に挙げ、就任以来、鍛え上げてきたのが守備力。そこに初戦敗退した昨夏以降は走塁に重点的に取り組んできた。学校としては初めての甲子園だが、指導陣の経験は豊富で自力も十分。旋風を巻き起こす気配が漂っている。

画像: 昨秋は142キロ右腕の川畑がエースナンバーを背負った

昨秋は142キロ右腕の川畑がエースナンバーを背負った

画像: 富山はプロも注目する伸びしろ豊かな左腕

富山はプロも注目する伸びしろ豊かな左腕

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