米プロフットボールNFLで、大きな動きがあった。デトロイト・ライオンズのQBマシュー・スタフォードとロサンゼルス・ラムズのQBジャレッド・ゴフのトレードで、両チームが合意に達したのだ。現地1月30日夜、公式サイトのNFL.comやスポーツ専門局のESPNなどが一斉に報じた。スタフォードは2009年の、ゴフは2016年のドラフト全体1位指名で、ドラフト1位指名選手同士のトレードはNFLでも過去に例がないという。
NFL.comによれば、ラムズが、ゴフに加え、今年の3巡、2022年と2023年の1巡という3つのドラフト指名権を出し、ライオンズのスタフォードと交換するという。トレードをチームが公式に発表するのは、NFLの年度が切り替わる3月中旬以降になるという。
NFLでは選手同士のトレードは珍しいうえに、史上初めての1巡1位指名選手同士のトレードとなったため、大きな反響を呼んでいる。1976年には、ビルズがDEウォルト・ポトゥルスキー(1972年全体1位指名)を、ベンガルズのDEシャーマン・ホワイト(1972年全体2位指名)獲得の代償として考えたが、実際にはトレードは実現しなかった。
2004年は、チャージャーズがドラフト全体1位で指名したQBイーライ・マニングと、ジャイアンツ全体4位のQBフィリップ・リバース+複数の指名権がトレードされたが、この交換はリバースの指名からわずか10分後に公表されており、実質的に指名権のトレードに近いものだった。
2人のQBの巨額契約がもたらした、交換条件の差異スーパーボウルの1週間前に、突然投下された巨大な爆弾だった。米メディアは「ブロックバスタートレード」として、驚きを隠さない。7歳も年齢が若く、スーパーボウル出場経験もあって、将来の上昇を見込まれてもおかしくないゴフが、2年分の1巡指名権などを付加されて、スタフォード1人との交換となった。不釣り合いに見える条件に、不審や疑問の声が多く上がっているが、それには理由があった。
1月17日、ラムズがパッカーズにディビジョナルプレーオフで敗退した翌日の会見で、ショーン・マクベイヘッドコーチ(HC)は「すべてのポジションが、見直し評価の対象になる」という認識を示し、ゴフの先発QBとしての地位を確約しなかった。それを受けて、ラムズのレオ・スニードGMは1月26日の定例会見で「ゴフは現時点でラムズの一員だが、未来を予測するには時期尚早だ。それは美しい謎だ」と語っていた。
ラムズから見た場合、ゴフには大きく分けて二つのマイナス面があった。一つは、巨額の長期契約だ。2019年4月にラムズとゴフが結んだ4年1億3400万ドル(約140億円)の契約は、支払い保証された部分が1億1000万ドルもあった。
ライオンズへトレードされることになったラムズQBゴフ=phpto by Getty Images
NFLの長期契約は、野球のMLBやバスケットボールのNBAと違い、通常は全額支払いの保証はない。トラブルや負傷などで解雇されたりした場合は、その段階までの支払いで終わる。
NFLの大型契約のニュースで重要なのは、総額よりも、支払いが保証された金額とその割合だ。その額が、サラリーキャップに計上されるからだ。
ゴフの支払い保証部分1億1000万ドルは、昨年、チーフスのQBパトリック・マホームズによって塗り替えられるまでNFL史上最高額だった。マホームズは10年4億5000万ドル(インセンティブ抜き)で、保証部分が1億4000万ドルと約3割なのに対し、ゴフの1億1000万ドルは、契約総額の8割を超えていた。
保証支払い部分は、契約年数で分割してサラリーキャップに計上されるため、ゴフが2021年もラムズに在籍した場合のキャップヒットは2782万5000ドルだった。仮にゴフがこのオフに、解雇・放出された場合は、残りの契約年数分がまとめて2021年に計上されるため、6520万ドルが「デッドマネー」となる可能性があった。
もちろん、どれだけサラリーキャップに大きな割合を占めようと、チームの主軸として活躍してくれれば、文句はない。ところが、ゴフは、マクベイHCの信頼を、過去2年かけてゆっくり失っていた。それが二つ目のマイナスポイントだった。
最大の問題はターンオーバーだ。ゴフのインターセプト率は、2年目に1.5%を記録して以来、年々数字が悪化している。2020年は2.5%で、リーグ24位だった。
インターセプト率は一般に3%以下が先発QBの目安とされてきたが、パス戦術の進化や、QBに対するルール上の保護によって、近年のNFLではハードルは上がってきた。2020年のNFLでは、インターセプト率が2%以下のQBが17人、最も少ないのは、マホームズとアーロン・ロジャース(パッカーズ)の1.0%だ。
またゴフは69試合で41回と、ファンブルも多い。スーパーボウルに出た2018年のシーズン、実はNFLで最も多くファンブルしたQBだった。大半でラムズがリカバーしたのが幸いだった。
さらに、決定力でも課題があった。2018年に32本だったパスタッチダウン(TD)が、19年は22本、20年は20本と年々減少してきた。
要するに、オフェンスの専門家であるマクベイHCから見て、ゴフが過去2シーズンに残した42TD、29INTという数字は、再びチームがスーパーボウルにたどり着くためには許容できるものではなかった。
かといって、ゴフのキャップヒット額を考えれば、ゴフをロースターに残したままで、他のスターQBを連れてくるのは不可能だった。
前述したように、解雇では、巨額のデッドマネーが発生する。移籍先が、今の契約をそのまま引き継いでくれるトレードが最も望ましいものだった。
一方で、スタフォードの状況はどうだったか。
今季途中でHCとGMを解任したライオンズは、1月15日に、新しいGMとしてブラッド・ホルムズが就任した。さらにダン・キャンベル新HCも決まった。10年にわたってNFLのトップパサーとして活躍しながら、スーパーボウルが遠かったスタフォードは、この機会に、自身のトレードを求めた。新首脳陣にも異論はなかった。1月23日、ライオンズはスタフォードのトレード先を探すことを公にした。
スタフォードは、年齢は33歳になるが、パフォーマンスに衰えは見られない。
ラムズへトレードされることになったライオンズQBスタフォード=phpto by Getty Images10歳以上も年上のトム・ブレイディ(バッカニアーズ)がスーパーボウルに出場し、MVPが有力なロジャースや、開幕から快進撃を見せたベン・ロスリスバーガー(スティーラーズ)といった、30代後半のQBが元気なところを見せたシーズンだった。引退した39歳のリバースにしても、パスでは十分な数字を残していた。
スタフォードは、5年程度は今のパフォーマンスを維持できると、ラムズのマクベイHCそしてスニードGMは、判断したのではないか。
スタフォードの契約状況もゴフとは違っていた。5年1億3500万ドルという数字は、決して小さな額ではないが、契約を結んだのは2017年で、2021年は最終年。2021年のサラリーキャップへのヒットは2000万ドルで、2021年終了後に解雇・放出した場合のデッドマネーはゼロだった。
今季の2000万ドルも、新たに長期契約を結び直して、年数で分割してしまえばキャップヒット額は下げることができる。
ラムズが、今後のドラフト1巡指名権2個を差し出したのは、代償が大きすぎたという見方は米でも強い。しかし、ESPNによると、スタフォードのトレード獲得を希望したのは6チーム以上だったという。その交渉の中で必然的に条件が吊り上がった。
ここまで、ゴフに対して辛辣な情報を書いてきたが、大きな長所がある。チームが勝っていることだ。2017年からの4年でゴフは先発した試合で42勝を挙げたが、これは、同じ時期のシーホークスのQBラッセル・ウィルソンと同じ数字。上回ったのはブレイディの47勝のみだそうだ。
ライオンズのホルムズ新GMは、前職はラムズの大学担当スカウト部長だった。NFL最高のDTアーロン・ドナルド、RBトッド・ガーリー、WRクーパー・カップといったスター選手の獲得に手腕を発揮した。ゴフもホルムズGMが評価した一人だ。
ホルムズGMはゴフの再起が十分に可能だと考えているのだろう。チャージャーズのHCだったアンソニー・リン新オフェンスコーディネーターと、新たなスタートを切ることになる。
ただ、ライオンズとしては、仮にゴフがこのまま成績が落ち込んでいったとしても、今年のドラフト全体7位を含めて今後3年で5個の1巡指名権がある。新しいQBを指名し育成する方針に切り替えも可能だ。
◇ ◇ ◇
新型コロナウィルス感染症蔓延による減収の影響で、2021年のサラリーキャップ総枠は、大幅に減る。1チームあたり2000万ドル程度は減少するという予想もある。それが今回のトレードにも大きく影響した。
マシュー・スタフォード1988年2月生まれで間もなく33歳。
名門ジョージア大から2009年全体1位指名でライオンズに入団すると直ぐに先発QBに起用された。
2年目に利き腕の右肩を脱臼してシーズンの大半を休んだ時は将来を危ぶむ声もあったが、3年目の2011年に、NFL史上4人目となる1シーズンでパス5000ヤード以上を記録。以来7年連続でパス4000ヤード超えを果たすなど、NFCを代表するパサーとして、キャリアを重ねてきた。
若い頃は、強肩の一方で、成功率が低くインターセプトも多い不安定な成績だったが、過去数年はパス成功率が上昇し、インターセプト率が2%を下回るようになってきている。
実働12シーズンで、通算パス成績は45109ヤード、成功率62.6%、282TD、144INT、レーティング89.9。QBとして先発した試合の結果は74勝90敗1分。
ジャレッド・ゴフゴフは1994年10月生まれの26歳。
カリフォルニア大時代から優れたパス成績で注目され、2016年全体1位指名でラムズに入団した。
2年目にショーン・マクベイがラムズのヘッドコーチ(HC)に就任すると、ゴフのパス成績も急上昇。3807ヤード、28TD、7INTという好成績でプロボウルに選出、チームは13年ぶりのプレーオフに進出した。
翌2018年は、4688ヤード32TD12INTとさらに成績を伸ばし、ラムズはスーパーボウルに出場した。しかし成績的には2018年がピークで、インターセプトが増えるなど伸び悩んでいた。今シーズンは、第12週の49ナース戦で3ターンオーバーを喫して敗れた後にマクベイHCから批判されるなど、2人の間に不協和音が生じていた。
実働5シーズンで、通算パス成績は18171ヤード、成功率63.4%、107TD、55INT、レーティング91.5。QBとして先発した試合の結果は42勝27敗。