スーパーボウルにまた、トム・ブレイディが登場する。
タンパベイ・バッカニアーズのファンには大変申し訳ないが、第55回スーパーボウルは「ブレイディ、通算10回目の登場」としか捉えられない。終わった後は「ブレイディが7回目の勝利」「ブレイディが4回目の敗戦」のいずれかと感じることになるだろう。
彼が登場する前と、した後でスーパーボウルとNFLの常識は大きく変わった。あり得ないことが次々に現実になった。
ブレイディが今回のスーパーボウルで塗り替えた記録、塗り替えようとしている主な記録は次の通りだ。
・スーパーボウル個人最多出場(10回)
・ポストシーズン最多試合出場(45試合)
・最年長スーパーボウル出場(43歳188日)
・最も長いスパンで、スーパーボウルに出場(19年)
・史上初めて、本拠地開催のスーパーボウル出場
◇勝利した場合
・スーパーボウル個人最多勝利(7勝)
・ポストシーズン個人最多勝(34勝)
・最年長スーパーボウル勝利(43歳188日)
・最も長いスパンで、スーパーボウルに勝利(19年)
・史上初めて、本拠地開催のスーパーボウル勝利
◇敗れた場合
・スーパーボウル個人最多敗戦(4敗、タイ)
◇スーパーボウル最優秀選手賞(MVP)受賞の場合
・MVP最多選出(5回目)
・ポストシーズンゲームにおけるパス個人記録も更新の可能性
試投回数、成功数、獲得距離、TD数、被インターセプト数、被サック数
思いつくままに並べて見た。もっとあるような気がするが、思いつかない。
ちなみに、対戦する両QBの年齢が18歳差というのも、これまでで最も幅が大きい
1年少し前、2019年のQBブレイディは、後半に失速した。
8連勝だった前半に比べ後半は、パス成功率が64.72%から56.90%、獲得距離が2251ヤードから1806ヤードと落ち込んだ。
スケジュールが後半厳しかったというのはあったにせよ、42歳を過ぎて、体力の衰えが来たと考えた。
40歳を過ぎてプレーしていた他のQBを見ても、42歳で急激にスタッツは落ち込む。ウォーレン・ムーンも、ビニー・テスタバーディーも、41歳の時はシーズン3000ヤード以上投げていたパスが、42歳では半分以下に落ち込んだ。
あらゆる強運を呼び込んで、勝利の栄光とパス記録を積み重ねてきたQBも年齢には勝てない。ついに限界が来ているのだと思った。ペイトリオッツも同じことを考えたのだろう。新たな契約を結ぶことを選ばなかった。
バッカニアーズQBブレイディ=photo by Getty Imagesブレイディは長年プレーしたペイトリオッツを離れ、フロリダ半島の中ほどに本拠地を置くバッカニアーズへ移籍した。そこそこの成績は頑張って残すだろうが、もう数年前までのような、リーグトップ級のパサーとしてのパフォーマンスを見ることはないと、筆者は半ば確信していた。
予想は、完全に覆された。
2020年、レギュラーシーズンの成績は、
パス4633ヤード、成功率は65.3%、40TD、12INT、レーティング102.2だった。
獲得距離は、過去5シーズンで最高。レーティング100超えは3年ぶり、40TDパスは、30歳の2007年、レギュラーシーズン16戦全勝時(48TDパス)以来の数字だった。特に、12月の4試合で1233ヤード12TD、1INTという好成績を残した。年齢による限界説は、完全に消えた。
コンタクトを伴うアメフットのようなハードなスポーツで、この年齢までプレーしていることだけでも驚異的だが、全盛時に近い成績を残してくるのは、何か人智を超えた力を感じた。
今季のプレーオフ3試合はすべてアウェー。強力ディフェンスのワシントン、QBブリーズ率いるセインツを連続で撃破した。そして、今季MVPの呼び声高いQBアーロン・ロジャースのパッカーズを、1月のランボーフィールドで倒した。
不可能を可能にする男、トム・ブレイディ。GOAT(greatest of all time=史上最高)を通り越して、「ドラキュラ」なのではないかと思うことがある。19世紀末の作家、ブラム・ストーカーが著した、怪奇小説の世界では最高の主人公だ。
不老不死、貴族的な容姿、端正な風貌。
ドラキュラは、血を吸ったり、自らの血を分け与えた者を吸血鬼に変え仲間とする。
ブレイディは、血の代わりに、他チーム、ライバル選手の運を吸い尽くし、それを力にする。
ドラキュラは、超能力を使う。自分の魅力に取りつかれた者に、遠方から影響を与えることができる。
ブレイディは、「NFLで最高の勝てるQB」という金看板を背負っている。彼の力を信じ、仲間となりたがる選手は、NFLのいたるところにいる。
自分以上の世界的知名度を持つトップモデル、ジゼル・ブンチェンを妻に持ち、人生で何一つ不自由のない男が取りつかれたのがスーパーボウルのリングを増やすことだ。
バッカニアーズQBブレイディ=photo by Getty Images
◇ ◇ ◇
ブレイディがドラキュラなら、カンザスシティ・チーフスのQBパトリック・マホームズは、ストーカーの小説の中で、ドラキュラと対峙するヴァン・ヘルシング教授だろうか。小説の設定では60歳の恰幅の良い大学教授で、それだとアンディー・リードヘッドコーチのイメージになってしまう。
2004年のハリウッド映画「ヴァン・ヘルシング」では、ストーカーの原作とは異なり、若くパワフルで行動的なモンスター・ハンターを、俳優ヒュー・ジャックマンが演じた。マホームズには、この映画のイメージ通り現代のヴァン・ヘルシングとなってもらおう。
今季、インセンティブ(出来高払い)部分を含めると、5億300万ドル(540億円)という史上最高契約を結んだ「ヘルシング」マホームズの味方をするのは、TEトラビス・ケルシーとWRタイリーク・ヒルだ
2人のAFCチャンピオンシップにおけるパスレシーブは圧巻だった。ヒルは172ヤード、ケルシーは118ヤード2TD。二人とも、ランアフターキャッチで、大きなゲインを稼いだ。
何よりも素晴らしかったのは、クラッチな捕球能力だ。ヒルは11回ターゲットとなり9回のレシーブ、ケルシーは15回で13回キャッチした。ほぼ85%の捕球率だった。
チーフスQBマホームズ=photo by Getty Imagesマホームズの、過去3年のポストシーズンパス成績は、7試合、2054ヤード、17TDでわずか2INT、レーティング109.8はレギュラーシーズンも上回る。7試合は6勝1敗だが、その1敗が2年前、ブレイディのペイトリオッツに喫したものだった。今回がリベンジの最大のチャンスだ。
不死身のドラキュラにも弱点はあったように、もちろんブレイディにも弱点はある。寒冷なフィールドはその一つだった。しかし、そのハードルはすでに乗り越えた。今回、史上初めての本拠地開催での出場。暖かな「自らの居城」に、マホームズを招き入れる。
チーフスディフェンスが得意とする、多彩なブリッツスキームだが、ブレイディはクイックリリースと、高い能力を持った多彩なレシーバー陣を駆使して、攻略する可能性がある。
決して強くはないディフェンスを考えた場合、チーフスが勝つためには点を取り続けることだ。だが、もっと大事なのは、ターンオーバーされた後のディフェンスだ。「ドラキュラ」ブレイディは、人の心の隙や弱みに付け入るのが、最も巧みだ。
NFCチャンピオンシップでは、ディフェンスが引き起こしたターンオーバーをすべてTDに結びつけた。パッカーズはそれで敗退した。
ミスをした後、ターンオーバーをした後、どう乗り切るのか。チーフスの勝利はそこにかかっている。マホームズは、最後まで自分を見失わずにプレーすることができるだろうか。
チーフスQBマホームズ=photo by Getty Images
◇ ◇ ◇
米CBSで解説者を務める、元ダラス・カウボーイズQBのトニー・ロモが、今回のスーパーボウルについて面白い見方をしている。
「パトリック・マホームズにとって、これは生涯で最も大きなゲームになる。彼がこの先どんなキャリアを送ることになったとしてもだ」
「これは、私の意見だが、マホームズがブレイディを捕まえることができる唯一の方法が、このゲームに勝つことだ。もし負けてしまったら。マホームズは永久にブレイディを捕まえることができない」
ここで、ロモが言う「ブレイディを捕まえる」とは、「肩を並べる」「選手として匹敵する」という意味だろう。
ロモはこんなことも言っている。
「ブレイディは、世界選手権に出場して、実際に戦うことのできるボビー・フィッシャーなのだ。
あるいは、この戦いは、レブロン・ジェームス対マイケル・ジョーダンなのかもしれない」。
「もし、パトリックがトムに負けてしまったら。パトリックがトムを上回る選手になるためには、スーパーボウルに12回出て9回勝たなければならない」。
ボビー・フィッシャーは、チェスの伝説的な強豪で、実力は世界一だったが、様々な問題から30代の半ばで一線から身を引き、隠遁者のような半生を送ったことで知られている。
ロモの比喩は難解だが、ブレイディの神話を終わらせる可能性を持つ、唯一のQBがマホームズだと言っているように思える。
第55回スーパーボウルは、日本時間2月8日、午前8時過ぎにキックオフとなる。