20年前の今日、2001年9月23日は、NFLのQBトム・ブレイディが、本格的に出場を始めた最初の試合の日だった。第2週のニューヨーク・ジェッツ戦。開幕週の日曜日は9月9日だったが、2日後に世界を震撼させた「米国の同時多発テロ事件」が発生したため、翌週のNFLは中止となっていた。
当時のペイトリオッツのQBはドリュー・ブレッドソーだった。1993年ドラフト全体1位で入団以来、着実に実績を積み重ねてきた大型強肩パサーだった。1996年のシーズンにはスーパーボウルに進出。QBブレット・ファーブのグリーンベイ・パッカーズの前に敗れたものの、オフェンスの中心として君臨、3月には10年1億300万ドルと、史上初めて1億ドルを超す契約をチームと結んでいた。
一方のブレイディは、前年のドラフト6巡199位で入団した。QBとしてはこのドラフトで、7番目だった。名門ミシガン大学で2年間スターターだったブレイディだが、上級生にスーパーボウル優勝QBボブ・グリーシーの息子、ブライアン・グリーシー、下級生に野球でニューヨーク・ヤンキースからもドラフト指名されたドリュー・ヘンソンというスター選手がいたために、地味な存在だった。
大学4年のオレンジボウルで4TDパスという大活躍の末にアラバマ大を破った時も、NFLも注目していたWRデビッド・テレルに賛辞が集まり、ブレイディは評価されなかった。24歳の典型的なバックアップQB。それが当時のブレイディだった。
ペイトリオッツ対ジェッツは、ロースコアのまま試合は進んだ。10-3とジェッツがリードして、試合は第4クオーターに入った。ブレッドソーはスクランブルから右サイドライン沿いを走ると、ファーストダウン更新まであと2ヤードの地点で、ジェッツのLBモー・ルイスのヒットを受け、転倒した。
7点のビハインドで自陣の3rd&10。ファーストダウンが欲しい場面だった。196センチ108キロと大型のブレッドソーは当たり負けする気はなかったのだろう。そして、このプレーが、NFLの歴史を大きく変えたのだった。
取り立ててハードヒットには見えなかったが、ブレッドソーはしばらく起き上がれなかった。何とか立ち上がると、次のオフェンスシリーズに出場し、右手でトスをするようなパスを投げた。それが限界だった。
残り2分16秒、ペイトリオッツはQBを変えた。ブレイディの投入だった。前年に1試合、3プレー出場、パス1回成功6ヤードというのが、全実績だったブレイディは、冷静に2ミニッツオフェンスを指揮した。
パスを5回成功させ46ヤードを前進、ランでも9ヤードを奪ってサイドラインに出た。
そして、ゴールまで29ヤードの地点から、4回パスを投じた。3rdダウンではヘイルメアリー、4thダウンでは左にロールして、エンドゾーン手前に低い弾道のミドルパスを投げた。ヘイルメアリーは対応されていると判断したからだろう。
結局、最後のパス4連投はすべて失敗、ペイトリオッツは敗れた。
これが伝説の始まりとは、世界中でおそらく誰一人として気付いていなかった。
20年前の2001年9月23日、ジェッツ戦の第4クオーターに出場した、QBトム・ブレイディ=photo by Getty Images
ペイトリオッツは、翌日、ちょっとしたパニックに陥った。ちょっと強くヒットされただけのように見えたブレッドソーは思いのほか重傷だった。胸部の血管が切れ、血液がたまっていた。場合によっては命にもかかわる負傷だった。
開幕連敗スタートのペイトリオッツは、3戦目から、ブレイディにしばらくオフェンスを預けるほかはなかった。ただし相手が悪かった。3戦目の相手は、同地区内のライバル、インディアナポリス・コルツだった。
1998年ドラフト全体1位指名で、2代続けてのNFL選手、QBペイトン・マニングが相手だった。ブレイディと1歳違いのマニングは、すでにNFLのスターだった。前シーズンに記録したパス4413ヤード、33TDいずれもNFLトップ。ブレイディとは何もかも違い過ぎた。
しかし、ディフェンスがブレイディを援護した。マニングは2サック、3INTと散々な出来だった。ブレイディはパスTDこそなかったが、13/23、168ヤードと安定した試合運びで、ペイトリオッツを勝利に導いた。
ブレイディは単なる控えQBではなかった。先発した第3週のコルツ戦以降の試合を11勝3敗で乗り切り、チームにAFCイーストの地区優勝をもたらした。11勝の中には、コルツ戦の2勝も含まれていた。
ホームのディビジョナルプレーオフでは、雪の舞う中、オークランド・レイダースを撃破した。ファンブルロストと思われたプレーが、パスインコンプリートと判定される「強運」だった。敵地ピッツバーグに乗り込んだ、AFCチャンピオンシップのスティーラーズ戦では、AFC最強と言われたスティーラーズディフェンスを手玉に取った。
ニューオリンズで開催された、第36回スーパーボウルは、QBカート・ウォーナーとRBマーシャル・フォークを擁し、オフェンス1位、ディフェンス3位でNFL最強と言われたセントルイス・ラムズが対戦相手だった。全米のメディアが、ラムズの勝利を予想したが、ブレイディの冷静さは揺るがなかった。試合最後のドライブで着実にボールを進めると、Kアダム・ビナティエリのサヨナラFGにつなげた。
24歳6カ月で当時史上最年少のスーパーボウルMVPに輝き、檀上のインタビューでは「夢がかなった」と涙を流した。メディアはブレイディをシンデレラと称え、ラムズを破ったペイトリオッツを、第3回スーパーボウルでジェッツがコルツを破って以来の歴史的アップセットと称えた。
スーパーボウルから2カ月半後、2002年のドラフト翌日に、ブレッドソーは、バッファロー・ビルズにトレードされた。
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あれから20年がたった。ブレイデイはまだNFLでプレーしている。プレーしているどころではない。スーパーボウルに7回優勝し、NFLのありとあらゆる記録を塗り替え続けてきた。
もう誰もブレイディのことをシンデレラとは呼ばないし、あの第36回スーパーボウルがアップセットだったことなど皆とうに忘れている。
ブレイディは長年苦楽を共にした、ペイトリオッツとビル・ベリチックHCに別れを告げ、タンパベイ・バッカニアーズで新しい仲間と、新たな航海を楽しんでいる。
2021年のシーズン、第2週のファルコンズ戦では、パス5TDを決めたバッカニアーズのQBトム・ブレイディ
ペイトリオッツにも今季、変化があった。ブレッドソー以来28年ぶりとなるQBの1巡指名に踏み切った。アラバマ大学のマック・ジョーンズだった。ブレイディのミシガン大学の後輩QB、デビンガードナーや、アラバマ大の同期生、トゥア・タゴバイロアが「ブレイディによく似ている」と評価してきた青年は、元MVPのキャム・ニュートンとのエース争いに勝ち、開幕戦からスターターとしてプレーしている。
ブレイディがペイトリオッツのQBとして初めてTDパスを記録したのはジェッツ戦から数えて4試合目のサンディエゴ・チャージャーズ戦だった。ミスのない、安定したパス成績ながらパスTDが無く、ファンをやきもきさせているマック・ジョーンズの4試合目は、10月3日、ジレット・スタジアムにタンパベイ・バッカニアーズを迎える。
20歳11カ月差の2人のQBの初対決は、どのような結果になるのだろうか。
ペイトリオッツのQBマック・ジョーンズ=photo by Getty Images