アメリカンフットボールの日本一を決める「プルデンシャル生命杯 第75回ライスボウル」に進出したXリーグ、X1スーパーの富士通フロンティアーズ。リーグ戦の最終節、そして準決勝と、宿敵・オービックシーガルズに連勝して2年ぶりのライスボウルにたどり着いた。
清家、仲里が対面「ヤバいよ、ヤバいよ」と言われ続け 12月12日の準決勝、富士通vsオービック戦が始まって、直ぐに富士通OLの「異変」に気付いた。センター(C)に見慣れない背番号55の選手が入っていた。スタメン表で確認すると、安東純一だった。立命館大学出身の2年目。OLはどこでもプレーできるという触れ込みは覚えていたが、Cをプレーしているのを見た記憶は無かった。あるいは試合終盤で交代で入っていたことはあったかもしれない。だが、少なくとも先発をしているのを見るのは初めてだった。
「緊急事態というか、大変なことが起きている」と、一瞬考えた。CはOLの要だ。NFLでもベテランがやるポジションであり、経験の浅い選手がプレーすることはない。だが、よく見ると、本来のC臼井直樹はLGとして出場していた。少なくとも臼井の故障によって穴が開いたポジションを安東が埋めたのではないことは推測できた。
とはいえ、これはやはり富士通にとって容易ならぬ事態だった。理由は簡単だ。Cの前に位置するオービックのDTは、清家拓也、仲里広章という日本最強のDTコンビだからだ。
清家は178センチ137キロ。独特の低い構えから、ブロッカーもろとも、ボールキャリアーを押し込むパワーファイター。人工芝の上の3トントラックを素手で押して20ヤード動かし、数年前、大みそかの民放番組では、元横綱朝青龍に最も肉薄した。
仲里は175センチ120キロ。清家よりは軽量だが、スピードはLB並み。OLを割って、破壊力抜群のタックルでボールキャリアーをしとめる。
だが安東は、粛々とプレーを遂行していた。富士通オフェンスは大半がショットガンだが、スナップは安定していた。それだけではなく、インサイドゾーンのランで、安東は前のDTを確実にブロックしていた。
第4Q残り4分を切ったところから、富士通は連続して4回RBトラショーン・ニクソンのランをコール。2キャリーが安東の横を走るインサイドのランだった。安東は対面のDLをしっかりブロックして封じ込めていた。
この4回のランでニクソンは合計46ヤードをゲイン、オービックのタイムアウトをそぎ落とした。安東が光ったのはこの直後のプレーだ。連続キープのニクソンを休ませるために、富士通は2番手の金雄一をRBとして送り込んだ。その金を狙って、エッジの位置からオービックのDEバイロン・ビーティ―ジュニアがラッシュした。あとで実況映像をみると、安東はセンターの位置からステップバックして、ビーティ―ジュニアをブロックしてハードヒットを防いでいた。
実況の解説は「ビーティ―ジュニアが、エクスチェンジを狙ってファンブルフォースを意図したプレー」と言っていたが、真偽はわからない。ただ安東のブロックが無ければ、ターンオーバーには至らなくとも、かなりロスしていた可能性もあった。
初スターターだった安東がゲーム終盤になっても集中力を切らさなかった証明だった。
先発経験のないCをポストシーズンの大一番で起用し、日本最強級のDLと対戦させる。富士通・山本洋ヘッドコーチ(HC)の度胸に驚いたが、その起用に答えた安東も偉かった。
凄い相手に「ビビっていてもしょうがない、食ってやろう」 山本HCによると安東の先発C起用は1週間前に決めたという。
安東本人は、
「富士通のCは、たぶん日本で一番難しいCのポジション。ダントツで難しいと思います」という。
「富士通はCがQBのコールを入れます。OLのアジャストも全部Cが指示します。何よりもウチのオフェンスの売りは、素早くセットするノーハドルのハリーセット。そのペースメーカーもCがやっています」。
「僕は2年目ですが、富士通に入った時は、まったくそれができませんでした。大学の時もCは一応経験していましたが、OLのポジションをいろいろやらされていただけ。富士通でやるCは全く別物でした。とにかくペースが早くそれを守ることが大事。だから最初は練習中に吐いたりしていました」
今季は、控えとして出場し、T(タックル)での起用が多かったが、Cとしてもプレーしていた。Cでの先発を指示されたとき、安東は
「受け入れるしかないな、と。どうなっても自分は準備はできていたので」
対面が清家と仲里というマッチアップについて、
「みんなから脅されました。みんな『ヤバい』っていうんです。『清家さんはヤバいよ』『仲里さんはヤバいよ』。メディアの記事とか掘り返していったら、清家さんなんか凄い話がなんぼでも出てくる。ショルダープレスで400キロ上げた、みたいな」
「ただ、実際に当たってみたら、結構勝負ができました。もちろんすごい、素晴らしい選手なのはわかりましたが。(ワンオンワンで)僕が一方的にやられるということは無かったし、勝った場面もあったと思います」
凄い相手に「ビビっていてもしょうがない、食ってやろう」という闘争心の方が強かったという。
「富士通のOLの先輩方が、オービック戦にかける強い思いを肌で感じていましたし、今回はそれを僕も背負いました。相手がいくら強くても、同じ人間なので」
徹底したウェートトレーニングで20キロ増量対抗できた理由は、徹底したウェートトレーニングによる増量だった。
「身長は184センチ。体重は今131キロあります。入社時から20キロ近く増やしました。山下(公平)さん、小林(祐太郎)さんが、トレーニングにつききりで、一から全部教えていただきました。これでとても大きくなりました」
どこのポジションが一番好きか、安東に尋ねた。
「今は一番Cが好きです。やればやるほど面白いし。先々週くらいまではTのほうが好きでしたが」と笑った。
Cのポジションを譲ってこの試合ではLG(レフトガード)としてプレーした臼井は「Cが2枚いるという感覚でやっていました。安東が迷ったりした場合はいつでも替われるという準備をしていました。ただ、本当はもっと僕がフォローしなければいけなかったのかもしれませんが、安東が非常に良くやってくれたので」
臼井もこの試合では安定したブロックで富士通のオフェンスを支えた。臼井は、第3Q終盤には、QB高木翼がファンブルしたボールをリカバーした、値千金の働きもあった。この場面、もしオービックにボールを奪われていたら、勝負はどちらに転んでいたか全くわからなかった。
臼井と反対側RGでも、今季スターターに急成長した2年目の巨漢・135キロの大久保壮哉のパワフルなブロックが目を引いた。2年前に富士通が日本一になった時は、臼井が控えで、安東と大久保はチームにいなかった。体も技も頭脳も大きく成長した若い3人が、この日の勝利を支えた。
オービックは、この試合でQBサックゼロ、タックルフォーロス1。仲里はアシストを含め4タックルだったが、清家はわずか1タックルにとどまった。試合を通じて見ると、富士通のパワフルな若手OL陣が、オービック自慢のインサイドディフェンスに互角以上の勝負をした形となった。
富士通は、今シーズン、山下でスタートしたCが臼井、そして安東と3人目だ。例えば、NFLで1シーズンに3人もCが変わるチームがあったとしたら、そのチームはまず好成績を残せない。本来ならチームの弱点になるはずのポジション交代を逆にストロングポイントにしているのが今の富士通の強さだ。
1月3日は、オービックと違う意味で、日本最強クラスのDLを保持しているパナソニックインバルスが相手となる。ライン戦で勝てるかどうか、富士通の2年ぶり王座奪還は、そこにかかっている。
QB高木翼のコメント「今年のキーは、シーズン始まる前から安東と大久保だと思っていました。大久保はRGでスターターとなりましたし、安東は最初Tでしたが、Cもやれるということで、今日は頑張ってくれました。安東が良いのは、ハートが非常に強いところ。ショットガンのスナップも安定していました。前回のリーグ戦最終節のオービック戦の時はスナップが少し低かったりしたのですが、今日はパーフェクトスナップだったと思います。それが私の今日のパフォーマンスを挙げてくれたと思います。スナップだけでなくOL全体もよくコントロールしてくれました」