世界最高峰のアメリカンフットボール、米・NFLは、現地12月8日に、第14週のサーズデーナイトゲームとして、ラスベガス・レイダース対ロサンゼルス・ラムズの一戦があった。ラムズは、2日前に加入したばかりのQBベイカー・メイフィールドが、4Qに劇的なドライブでタッチダウン(TD)パスを決め、レイダースに逆転勝ちをした。ラムズは連敗を6でストップ。敗れたレイダースは今季8敗目(5勝)となり、プレーオフ戦線から大きく後退した。
第14週 サーズデーナイトゲームロサンゼルス・ラムズ○17-16●ラスベガス・レイダース(2022年12月8日、カリフォルニア州 SoFi スタジアム) アメリカは、変化と挑戦の国であるのは分かっている。闘志を失わない者、諦めない者が再び勝ち名乗りを受けるドラマが起きる風土だとも、見聞きして知ったつもりでいる。
しかしこの日のプライムタイムゲームで起きたことは、どんな脚本家でも描けないようなどんでん返しだった。
簡単に言えば、こういうことだ。
ベイカー・メイフィールドという選手がいる。カレッジフットボールのスターで、ドラフト全体1位の超エリート選手だった。
紆余曲折はあったものの、最初のチームから見限られた。
移籍した次のチームでも結果が出ずに、本人の希望もあり、放出された。失職したのは月曜日。火曜日に新たなチームが決まった。
その日の夜に、チームの街に異動した。2日後の木曜日、試合出場した。残り10秒で劇的な逆転勝利の主役となった。
アメフトは他の競技とは違う。基本的に全プレーがデザインされている。プレーブックと呼ばれるチームの戦術書類は部外秘で、分厚い書籍ほどの量がある。そのチームの一員にならない限り見ることはできない。
新チーム合流後の時間はわずかだった。パスでもランでも、基本的なコンセプトは共通するとはいえ、特にオフェンスはシステムやコーチによって著しく違う。
そういう事情の中で、新チームに加入後2日間で試合に出場して勝ったQBは、メイフィールドが、1995年以降のNFLでは初という。
最後のドライブは「スイッチが入って」いた とはいえ、ラムズオフェンスは、デコボコ道を走るトラックのようだった。メイフィールドは先発はせず、2回目のオフェンスシリーズから登場、いきなりパスを成功させてそのシリーズはフィールドゴール(FG)に結びつけた。
その後は、せっかく攻め込みながらRBキャム・エイカーズがファンブルしてボールを失うなど、得点はできず。
付け焼刃の影響から、3Qまでのメイフィールドのパスは100ヤードに届いていなかった。
流れが変わったのは4Qだ。残り12分20秒から始まったドライブが、延々と続いた。途中途切れそうな場面になると、レイダースのディフェンスが反則で「好アシスト」した。結局このドライブは20プレー、8分55秒で、ラムズがTDを決めた。
直後のレイダースのオフェンスを抑えたが、PのA.J. コールに好パントを決められ、自陣ゴール前2ヤードからのオフェンスとなった。残り時間は1分45秒で98ヤードをドライブしなければならなかった。
しかし、フィールドに登場したQBメイフィールドは「スイッチが入った」状況だった。前回のドライブ以上にレイダースの反則にも助けられた。
5本のパスをすべて成功させた。
ベン・スコウロネク、トゥトゥ・アトウェルという、昨年までは実績がほとんどなかった若手レシーバーたちが、レイダースディフェンスのタイトなマンツーマンカバーに対して、驚異的な集中力を見せた。
白眉は残り1分20秒からメイフィールドにスコウロネクに決めた32ヤードのパスだ。米メディアが「非常に小さな窓しか開いていなかった」と表現した状況で、QBがしっかり投げ、WRがしっかり捕った。
仕上げとなったヴァン・ジェファーソンへのTDパスは、メイフィールドが躊躇なく投げ込んで、あっけなく決まった。
NFLの5シーズンで7人のHC 「そもそも、俺は(NFL入りしてから)何度もコーチングの変更を経験してきた。常に、多くの新しいことを学ばなければならないことに腹を立てていた。けれども、この場では、それが確かに役に立った。彼ら(ラムズのサイドライン)は、いくつもの良いプレーを用意して、この場で、俺が勝てるようなところにおいてくれた」
メイフィールドは試合後に、そう語った。
その通り、メイフィールドは、ブラウンズで4人、5カ月しかいなかったパンサーズでも2人のヘッドコーチ(HC)と仕事をしてきた。HCのシーズン途中の解雇も2度経験した。ラムズのスーパーボウル優勝HC、ショーン・マクベイは、今季3人目、プロ入り通算7人目のHCだ。
メイフィールドが最も成功していたオクラホマ大時代、HCはオフェンスの戦術家として名高いリンカーン・ライリー(現材はUSCのHC)だった。ライリーは当時30代半ば。年齢も経歴も、今のラムズのマクベイと似た部分がある。
ジェットコースターのようなアップダウンを繰り返してきたメイフィールドのフットボールキャリアーは、マクベイとの出会いで変わるのだろうか。劇的な勝利を得たとはいえ、まだそれは誰にも分らない。
一つだけ言えるのは、「これからもメイフィールドは諦めない」ということだ。それが、日本でも彼のファンが多い一つの理由なのかもしれない。
ベイカー・メイフィールドとは・・・ ◎1995年4月生まれの27歳
◎テキサス工科大フットボールチームに、奨学金なしのウオークオン(一般入部)で加わり、その後オクラホマ大学へ転校。
◎名門オクラホマ大のエースQBとして3年間活躍、2017年には、カレッジの年間最高殊勲選手に贈られるハイズマントロフィーを受賞した。
◎2018年のNFLドラフトで、全体1位指名で、前年度16戦全敗だったクリーブランド・ブラウンズに入団した。:
◎ルーキー年の途中からエースQBとなり、全敗だったチームを7勝8敗1分けまで引き上げた。
◎2年目は不調だったが、3年目の2020年はパス26TD・8INT、レーティング95.9と活躍し、ブラウンズは11勝5敗。13年ぶり2ケタ勝利と、20年ぶりのプレーオフ進出をもたらした。
◎4年目の2021年、負傷とパス成績の低下でチームは負け越し、地元ファンからブーイングされる場面もあった。シーズンオフに、ブラウンズは新QBとしてデショーン・ワトソンを獲得。メイフィールドは構想外となった。
◎2022年シーズン前の7月、カロライナ・パンサーズに移籍した。先発QBの座を得てプレーするが、6試合で1勝4敗、パス獲得ヤード、パスTD、レーティング共にプロ入り後最低の成績。12月5日・月曜日にパンサーズを放出された。本人の希望を球団が受け入れたという。
◎メイフィールドは、ラムズ入団が正式に決まる前に、ロサンゼルス入りの航空券を予約したという。