サードダウンショート。試合の中で幾度となく訪れるこの状況から、どうやってファーストダウンを獲得するかは悩ましい。コーチとしては、ランプレーで確実にクリアできればこれほど楽なことはない。だが、相手守備も当然ランを警戒している。セオリー通りのランか、裏をかいてパスを投げるか。攻守の力が拮抗している場合、コーディネーターは常に難しい選択を迫られる。
2016年シーズンの関学オフェンスに迷いはなかった。ショートヤードを必ずクリアできると、全員が信じるプレーがあったからだ。逆の表現をすれば、このプレーを止められたらあきらめる。けがから復帰したエースRB、橋本誠司のダイブだった。
このプレーの完成に大きな役割を果たしたのが、4年生のOL幸泉泰河(74)だった。2015年シーズン、関学はリーグ最終戦で立命に敗北した。敗因の一つとなったのが、ショートヤードの局面でのオフェンスの弱さ。「誠司はすごい跳躍力を持っている。あいつを飛ばすことさえできれば、ファーストダウンは必ず取れる」。幸泉には信念があった。だが、実際のところ橋本のダイブプレーは百発百中というわけではなかった。なぜなら、大外からのブリッツでジャンプする前にタックルされたり、飛べたとしても、ホールめがけて飛び込んでくるLBに迎撃されることがあったからだ。
幸泉は橋本のダイブを成功させるために、ミーティングで積極的に提案をした。神田有基OLコーチは、4年生で唯一スタメンではない幸泉に関学オフェンスのキープレーを託した。幸泉がTのポジションに入り、大外のブリッツ対策には、TEの西田健一郎と杉山大地が配置された。ホールに飛び込んでくるLBに対しては、井若大知と三木大己がブロッカーとなり迎え撃った。QBの伊豆充弘以外の9人全員がOLかTEのブロッカー。橋本を飛ばすためのスペシャルプレーが完成した。
関西学生リーグの試合はほとんど取材できなかったが、rtvの映像でチェックしていた。毎回同じプレーでディフェンスがやられるのを見て、「ダイブが来ると分かってるんだから、飛ぶ前にタックルしちゃえばいいのに」と思っていた。甲子園ボウル、ホールに飛び込もうとした早稲田のLB加藤樹が目の前でブロックされるのを見て、初めて練りに練られたアサイメントの存在に気づいた。
ライスボウル、百発百中の橋本のダイブを富士通がどのように止めるのかは、大きな注目ポイントだった。試合前に季武憲毅ディフェンスコーチに対策を聞くと、意外な答えが返ってきた。「何も秘策はありませんよ。普通にやって普通に止めます」。その言葉は真実だった。南奎光ら富士通DL陣が、低いスタートで強烈に関学OLを押し込む。社会人らしい力勝負で関学のプレーを破壊した。アサイメントが崩された関学オフェンスは、橋本がジャンプすることができない。だが、ブロッカーの間に生まれた段差を橋本が駆け抜ける。見事なアジャスト力だった。
幸泉は両Tのバックアップを務めていたが、基本的に試合での出番はこのプレーだけ。橋本を飛ばすことに全てをかけていた。「今シーズン、20回くらいダイブをやりましたが、失敗したのは1回だけだと思います。ほぼ全て誠司を飛ばすことができた。最後は負けてしまいましたが、このプレーを1年間やりきれたことは自分の誇りです」。幸泉は東京ドームでの試合後にこう言った。
関学の2016年シーズン、立命館を二度破り、甲子園で早稲田を下して学生王者となる原動力となったのは、紛れもなくOLの力だった。立命の池上祐二ディフェンスコーチは、「昨年(2015年)、うちに負けたのがよっぽど悔しかったんでしょう。今年の関学のOLは本当に強かった。フィジカル勝負で負けていた。もう1回試合をしても負けると思いますよ」と東京ボウルの試合後に話した。
2017年シーズンの関学OLは、井若を除く4年生のレギュラーが全員卒業し、総入れ替え状態となる。連覇を達成できるかどうかは、新QBの成長と、このユニットの再建にかかっているといって過言ではないだろう。あらためて、2016年シーズンの関学オフェンスラインは素晴らしかった。そんなユニットの中にあって、ファーストダウンを獲得するために、橋本誠司を飛ばすために青春をかけた選手がいたことも知ってほしい(松元竜太郎)
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