close

2026-06-10

新日本とWWFが「報道管制」を敷いた!? 初代タイガーマスクが“獄門鬼”マサ斎藤に秒殺勝利!【週刊プロレス】

初代タイガーマスクはアメリカでも大人気を博した(写真は1982年、アメリカ遠征時)

全ての画像を見る
週刊プロレスでおなじみのプロレス評論家・流智美さんがデビュー45周年を迎えたプロレス界のスーパースター、初代タイガーマスク(佐山サトル)の闘いの軌跡を描いた書籍『初代タイガーマスク戦記』(ベースボール・マガジン社)が好評発売中だ。

社会的ブームを巻き起こし人気絶頂の初代タイガーマスクは1982年末(11~12月)、新日本プロレスの冬の祭典『第3回MSGタッグリーグ戦』を全休して、メキシコ(UWA)とアメリカ(WWF)の2大マーケットからの「ぜひともタイガーマスクを派遣してほしい」という熱烈な要請に応じ、長期遠征に赴いた。

なんと、1カ月の間に、メキシコ・アメリカ間を3往復する超・強行軍で、32日間にWWFジュニアヘビー級王座4回防衛を含む31戦を消化しているのだから人間ワザではない。日本・アメリカ・メキシコの3カ国で引っ張りダコだったことを証明している。
書籍『初代タイガーマスク戦記』
この遠征期間中の12月7日、じつはアメリカ・ペンシルベニア州アレンタウンにおいてマサ斎藤とのシングルマッチが実現していたにもかかわらず、当時のマスコミでは全く報道されなかった。斎藤はアメリカと新日本を主戦場とするフリー日本人の大物であり、長年にわたるアントニオ猪木のライバルだった。

とりわけこの時期は、猪木や藤波辰巳の正規軍に反旗をひるがえした長州力の革命軍(のちの維新軍)の「総帥的存在」。そんな“猪木のライバル”にタイガーマスクはたった3分44秒でフォール勝ち(回転エビ固め)。

この「大金星」はおそらく新日本とWWFによって厳しい「報道管制」が敷かれたため漏れなかったのだと思われるが、2000年代になってからアメリカのマニアの裏ビデオ、あるいは「WWF専門チャンネル」でも放送されて発覚した(日本でもCS放送で何度かオンエアされた)。この一戦が1982年当時にオンタイムで日本に「リーク」されていたら、タイガーマスクが「下剋上事件」で話題の長州軍の親玉をあっさり退治したとして大変な騒ぎになっていただろう。

PICK UP注目の記事

PICK UP注目の記事



RELATED関連する記事