日頃はゴールドジムアドバンストレーナーとしてトレーニング指導に従事している、ボディビルダーの井上浩選手。「いかに筋肉をインプルーブさせ、より完璧な状態でステージに立つか」という飽くなき探求心と向上心が、ボディビルダー・井上浩を支えている。そんな井上選手のトレーニング哲学の根幹を成しているのが、いわずと知れた「IH式トレーニング」である。その詳細について、ご紹介いただいた(取材協力/日本体育大学 岡田隆准教授)
※本稿は『トレーニングマガジン』Vol.51~52に掲載の「トップビルダーのカラダづくり大解剖」を再構成したものです。
「正しいフォームでトレーニングしましょう」とは、よく耳にするフレーズだが、なぜそのように言われるのだろうか。理由の1つは、発信側のリスク回避だと井上選手は話す。
「もし『トレーニングでは無茶をしなさい』と教科書に書いてあったり、トレーナーがそのような指導をしたりしては、それが1人歩きしたときに、ケガをしてしまう恐れがあります。『この本を書いたのは誰だ!』『こんな指導をしたのはどのトレーナーだ!』と、訴訟問題に発展する可能性もあるでしょう」
さらにいえば、「正しいフォームをおさえておけば、無茶をする人はいない」とする背景には、スポーツ=健康と思われていることが挙げられる。
もっている力を限界まで発揮しなければならない競技スポーツが、健康によいわけがないことは、少し考えればわかるだろう。競技アスリートたちは皆、健康のためでなく勝つためにスポーツを行っている。骨折や靱帯損傷といったリスクもついて回ることを理解し、承知した上で取り組んでいるのだ。
「つまり、ボディビルダーみたいな体になりたい、日常生活に決して必要ではない筋肉をつけたいと思えば、やはり常用域から外れたところに足を踏み込まないとなりません。そのときにケガをしてもらいたくないため、『正しく動かしましょう』と言うのです」
それからもう1つ、筋肉の起始と停止が一番離れた状態と一番接近した状態をフォームのなかで再現するのが、正しいフォームの基軸になっていることも関係する。
簡単にいえば、可動域をたくさんとる、ということだ。全域で筋肉に刺激を与えたければ、やはり正しく動かすことが大事になる。
ウエイトトレーニングには、オーバーロード(過負荷)の原則というものがある。端的にいえば、重すぎるものを扱おうということだ。
正しいフォームでアームカールを行えるならば、その重量は自身の筋力の制御下にあることを指す。では、筋肥大に必要な重すぎるものを扱うと、どうなるか。おそらく反動(チーティング)を使ったり、動かす範囲が狭くなったりするはずだ。つまり、正しいフォームは保てないといっていい。
仮に、フォーム度外視で重りを振り回してもよいのであれば、100kgが扱えるとしよう。これはつまり、負荷は◎だけれども動作は△ということになる。
このとき、正しいフォームで行うことを大前提に重量を設定すると、扱える重量は40㎏まで一気に落ちてしまう。この場合、動作は◎だけれども負荷は△だ。
このことから、理想は重すぎるものを正しく動かすことにもかかわらず、1つの重量でその条件を満たすことは絶対にあり得ないことがわかる。
では、この人にとって負荷も動きもそれなりによいのは何キロくらいかといえば、100㎏と40㎏の中間、つまり70㎏ということになる。これは負荷も動きも◎と△の間だから、理屈の上では〇だ。多くの人は、この中間の重量でトレーニングを行う。それなりの重量でレップを稼ぐことによってオールアウトを促す形をとるため、それなりの効果は得られる。
負荷は大きいほうがいいが、それだと動作はおざなりになる。
正しいフォームで行えば、負荷は必然的に小さくなる。
この両極を押さえるのが、IH式ドロップセット法である。
その方法は、まず100㎏(超高重量)で6回、次に中間の70㎏(中重量)で6回、そして40㎏(軽重量)で9回。6回-6回-9回の合計21回を間髪入れずに行い、1セットとする。
1セットのなかに重すぎる体験と、正しくしっかり動かした体験とが含まれているため、正しいフォーム、つまり全域で超高重量を扱ったかのように脳が誤認してくれるということなる。
「そもそもトレーニングとは、環境を脳に認識させるための情報提供ではないかという考えです。扱う重量は、求める筋肉に対するオーダー。つまり『100㎏のものを動かすのに必要な筋量を備えつけてほしい』と、脳にオーダーしているのです。いうなれば筋量指定です。
一方、脳からは『どこに筋肉をつけてほしい』というオーダーが出ます。これは場所指定になります。これをセットのなかで一気にやり抜くことにより、両方の◎を1つに感じてくれるよう、脳に誤認させているというわけです」
この方式には、もう1つメリットがある。100㎏×6回、70㎏×6回、40㎏×9回を1セットとして2セット行うのだが、1セットのなかで異なる3つの重量を扱うため、1セットで3セット分、2セットでは6セット分のうまみが入っているということだ。
しかも、超高重量に位置づけた100㎏をしばらく引いていれば、そのうちに少しずつ引けるようになってくる。すなわち、動作における△の角が徐々に取れてきて、丸に近づいてくるのだ。そうして、超高重量を引くことに最初ほど悲壮感が漂わなくなったと感じたら、一気に重量を120㎏まで挙げることが可能になる。
「そもそも超高重量は引き切れない重量として選んでいるわけですから、なんら問題はありません。ここで欠落している動きの部分は、もちろん軽重量のセットできちんと押さえます。そのため、下は40㎏のまま据え置きます。中重量は120㎏と40㎏の中間にあたる80㎏に設定することになります。 そうすると、100㎏から120㎏へと増やしたわけですから、超高重量の上げ幅は20㎏ですが、中間は70㎏から80㎏と10㎏しか増えません。ここでそれなりの効果を得ることができるのです。下げ幅が広すぎると感じたなら、120㎏×6回、90㎏×6回、60㎏×6回、30㎏×9回と、4段階にしてもよいと思います」(つづく)
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