ストライカーから転身

まさに“スーパー小学生”だった。他の選手より抜きん出た体格でゴールへ突進し、ネットを揺らす。後方の味方から前線にパスが出れば独壇場だ。「寺山、ハンパないって」。躍動する舞台が高校サッカーだったら、そんなセリフも聞こえてきたかもしれない。それくらい、鮮烈な活躍を見せた新座片山FC(埼玉)のストライカーは、2012年の全日本少年サッカー大会(全少)を制した。

あれから5年。青赤のシャツをまとった寺山翼に当時のことを聞くと、「あのときは自分がエースという自覚と責任感がすごくあった。チームのために体を張る、チームのために自分が点を取る。そういうことを意識していた」と、懐かしそうに振り返る。

しかし、中学でFC東京の下部組織に進むと、大きな壁に直面した。「正直、(FC東京U-15むさしに)入ったときは、『やれるんじゃないか』という自信もあった。でも、試合に全然かかわれなかった。『自分はまだまだ下なんだな』と思い知らされた」と、表情を険しくする。日本一を手にしたストライカーが苦難を味わった。

それでもめげずに、サッカーに打ち込んだ。「新座片山ではメンタルも鍛えられ、苦しいときに、あきらめない心が強くなった」。小学生時代に植え付けられた忍耐力が生きた。

そんな矢先に、転機が訪れた。ケガをした味方の代役として、急きょボランチのポジションに抜擢された。小学生からずっとFWでプレーしていた寺山にとっては大きな挑戦だったが、見事にそれを物にしてみせた。

布石となったのは、中学で出会った同年代の平川怜の存在だ。「FC東京に入って、平川選手が目に留まって。自分はもともとFWだったので、普通は同じFWの選手を見ると思う。でも、ずっと平川選手のことを見ていて、実際に自分がボランチに入ったときも、『平川選手はこうしていたな』と、思い返しながらプレーできた」と説明する。今では「彼がトップチームで出場したことによって、『自分もそこに行かなくちゃいけない』という思いが強くなった」と、新たな刺激を受けている。

今季はU-23チームでJ3にも出場した。「J3ではまだ自分は何もできない」と未熟さを痛感したが、それゆえに来季はさらなる成長を志す。

「自分たちの代が3冠を目指してやることがまずは大事で、自分はそのなかで、J3の経験ももっとしていきたい。来年は自分が中心になってやるくらい、強い気持ちを持って臨みたい」
栄光と苦難を味わったボランチは、まだまだ進化を止めそうにない。

 
取材◎小林康幸
 

寺山 翼[MF/FC東京U-18/2年]
てらやま・つばさ/2000年4月10日生まれ、埼玉県出身。小学6年時に新座片山FCで全日本少年サッカー大会優勝。中学はFC東京U-15むさしでプレー。178cm、70kg

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