果たしてオレは、この大相撲の世界で大成できるのか――。
 周りのライバルたちとはもちろん、自分の心の中に渦巻く不安との闘い。そんな苦しい手探りの中で、「よし、これだっ。こうやったら、オレはこの世界で食っていけるぞ」と確かな手応えを感じ取り、目の前が大きく開ける思いがする一瞬があるはずです。
 一体力士たちは、どうやって暗闇の中で、そのメシのタネを拾ったのか。これは、光を放った名力士たちの物語です。
※平成4~7年『VANVAN相撲界』連載「開眼!! 相撲における[天才]と[閃き]の研究」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

最終学年で8タイトル獲得し、プロ入り決意

 後ろを振り向いた途端、ついさっきまで媚びるような笑いが浮かんでいた顔から発するゾッとするような鋭い視線にぶつかって、思わず背中のあたりが鳥肌立った。

 ――なんなんだ、コイツらは。やっぱりオレの地力がどのくらいなのか、腹の中で値踏みしていやがるな。ようし、向こうがその気なら、こっちも手加減はしないぞ。明日は、オレの一世一代の勝負だ。

 そう心の中でつぶやくと、急にずっと前から我慢していた腹の底から突き上げるような尿意が戻ってきて、中学を出て2~3年しか経っていないような童顔の〝兄弟子〞に教わったばかりのトイレに急いだ。

 ――負けたら、なんだ、アマ横綱といってもたいしたことはないじゃないか、とみんなが一斉に牙をむいて襲ってくるのが目に見えている。思いっきり叩きつけて、必ずギャフンといわせてやる。

「さすがは、『多国籍企業について』という卒論を書いただけのことはある。ちゃんと見るところは見ているじゃないか」

 長岡が高砂部屋入りに決めたことを報告にいくと、近大相撲部の禱(いのり)厚巳監督はニヤニヤしながらいった。

 どうして多国籍企業と高砂部屋を選んだことと関係があるのか、よく分からなかったが、十分に検討し、ここならなんとかうまくやっていけそうだ、と自分でも納得した選択であることだけは確かだった。

 ようし、大学最後の今年、3年のときの7個よりも、ひとつでも多くタイトルをとれたらプロにいってやろう、と密かに決心したのは1年前のことだった。そして、この1年間手にした優勝杯は、その条件をひとつ上回る8個。これで自動的に卒業後の進路は決まった。問題はどこの部屋に入るか、だ。

「うちに来ないか」

 熱心に誘ってくれた部屋が最終的に3つあった。出羽海、時津風、高砂と、いずれも甲乙つけがたい名門部屋ばかりだ。

 さあ、どうやって決めるか。ここにたどり着くまでに、仲のいい同期のマネージャーが、過去の大学出身力士の成功例や、大成できなかった力士たちの挫折した理由などを、いろんなルートをたどって探り出してきていた。この最も気になる失敗例の中で一番多かったのが、入門した部屋の力士たちのイジメだった。

 中学を卒業するか、しないかでこの世界に飛び込んできて、序ノ口から一歩、一歩、血のにじむような努力を積み重ね、岩に爪を立てるようにして文字どおり這い上がってきた力士たちにとって、親のスネをかじってぬくぬくと最高学府まで進み、幕下付け出し、という恵まれたスタートを切れる大学出身力士たちは、見るからに癪にさわる、我慢のならない相手だった。

 その力士が見掛け倒しだったり、ドジだったりすると、余計カサにかかっていじわるをしたり、いじめたりする。

「30年にひとりの大器」

 という触れ込みでプロ入りする長岡にも、みんなが手ぐすねひいて待ち構えているのは想像に難くなかった。

画像: 高砂部屋に入門直後、部屋の大兄弟子高見山の胸を借りる長岡

高砂部屋に入門直後、部屋の大兄弟子高見山の胸を借りる長岡

綿密な情報収集あっての高砂部屋入り

 この毒牙からどうやって身を守るか。

「よういじめるのは古参の幕下というやないか。それだったら、一番幕下の少ない部屋に行こうやないの。調べろ」

 長岡の答えはいつも、商経学部の学生らしく明快だった。こうしてマネージャーがあちこちに電話して調べ上げた3つの部屋の幕下力士の数は、出羽海8人、時津風8人、高砂2人。

「関取の高見山さん、富士櫻さんも30をとっくに越えて、もうそんなに長くない。黙っていても、オレの天下がくるもんな」

 すべて計算ずく。これで長岡の入門先が決まった。ところが、いざ入ってみると、序ノ口の力士までちょっと目をそらすと、突っかかるような目でにらんでくる。

 これを封じるには自分のパワーしかない。ここはつまるところ、力対力の世界なのだ。力のある者が幅をきかし、うまいものも人一倍食べられる。

 翌日、いつもよりも入念に体をほぐして土俵に上がった長岡は、アマ横綱なんかなにするものぞ、と気負い込んで入れ代わり立ち代わり向かってくるプロの先輩たちに、ありったけの力を振り絞ってぶつかっていった。

「ギュッ」

 前夜、一番鋭い目でにらんでいた力士が押し殺したような奇妙な声を漏らして羽目板にぶつかり、そのまま崩れるようにうずくまった。

「よしっ、これでなんとかやっていけそうだぞ」

 長岡は心の中で力強くうなずいた。(続く)

PROFILE
あさしお・たろう◎本名・長岡末弘。昭和30年(1955)12月9日生まれ。高知県室戸市出身。高砂部屋。183㎝186㎏。昭和53年春場所幕下尻(60枚目格)付出、同年名古屋場所新十両、九州場所新入幕。60年春場所で幕内初優勝。最高位は大関。幕内通算63場所、531勝371敗33休。優勝1回、殊勲賞10回、敢闘賞3回、技能賞1回。平成元年(1989)春場所5日目、思い出の大阪で引退。年寄山響から、若松部屋を継承後、14年2月に高砂部屋を継承。横綱朝青龍をはじめ、関脇朝赤龍、幕内朝乃若、朝乃山らを育てた。

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