文&写真_本間 暁

ニッポンの宝・井上尚弥を救う

「ああ、ニックね。彼がナンバーワンですよ!」
「奴に任せたら、絶対にケガしない」……。

 もう、絶賛の声しか聞こえてこないのである。

 あれはたしか、2016年の冬。1年ぶりの試合を無事に終えていた井上尚弥(大橋)を取材していたときのこと。やっぱり話題は、心配な右拳のことへと移っていた。

「そういえば今日、ちょうど、バンデージのスペシャリストっていう人が来てくれるんです。とりあえず巻いてもらって、どんなものか、試してみようと」

 程なくしてそこへ、プロレスラーのようなガタイの人が、のっそりと現れた。射場哲也・REBOOTジム・マネージャーに伴われて。

 後日、井上尚弥に訊ねると、「最高でした!」という爽快な答えが返ってきた。それ以来、2年が経過し、井上尚弥は6戦を積み重ねたが、拳はまったく問題ない。われわれも、すっかり、拳について訊ねることがなくなった。

だが、井上尚弥はバンデージにだけ頼るということをしない。自らは、素手でサンドバッグを叩くトレーニングを追加。拳を鍛えることを欠かさない。互いが進化することによって、さらに上を目指せるのだ

 永末貴之(ながすえ・たかゆき)さん、36歳。通称ニック。なぜニックなのかというと、「前に働いていたジムの代表に、『おまえ、肉ばっかり食べてるな』と言われて、肉がニックに……(笑)」。日本人離れした体格を見て、「アメリカの血が……」なんて勝手に想像していたが、まったくもって純粋な日本人なのであった。

“スティッチ”との出会い。それが始まりだった

 普段は東京・練馬にある『TRIBE TOKYO M.M.A』というジムでパーソナルトレーナーに勤しむ。いわゆる、フィジカルトレーナー。射場マネージャーが現役時代、アルバイトしていたスポーツクラブで、当時、専門学校生だった永末氏と知り合った。その縁が続き、小原佳太、戸部洋平、吉野修一郎をはじめとする三迫ジムの選手たちが、永末氏の元を訪れて肉体を鍛え上げている。もちろん、バンデージのほうでも世話になっている。

「12、3年前、PRIDEのバンデージチェックの仕事をしていたんです。そのとき、ジョシュ・バーネットという選手のカットマンをしていたジェイコブ・デュラン、通称スティッチに出会ったんです。それが始まりでした」

“スティッチ”こと、ジェイコブ・デュラン氏。カットマンとして、バンデージ巻きとして、一流の職人技を披露する Photo/GettyImages

 カットマンとして一流だった“スティッチ”だが、バンデージ巻きとしても超一流だった。綺麗でシンプルで無駄がなく、固定力もある。それまで何百人とバンデージチェックをしてきたが、スティッチの魔法にかけられ、一気に虜になった。

「拳を壊したら、約半年は試合できない。それに、才能を持った選手が、拳を痛めて消えていくことほど悲しいことはない。日本でも、そういうふうにしていかないとダメだと思って」

 ありったけの熱意をもって、スティッチにかけあった。彼は器の大きい人だった。
「『オレが、20年間培ってきた技術を、おまえにたった5分で教えるんだぞ(笑)。一晩で何十万も貰えるんだよ。よーく聞け!』って。そうか、何十万もする商売にしていけるんだ! と(笑)」

 かつて通っていたパーソナルトレーナーを養成する専門学校で、テーピングのノウハウを学んでいた。だから、下地はできていた。2年ほど、スティッチに教わった巻き方を繰り返した。
「でも、それではスティッチに勝てないので、そこからは自分なりに改良して、いまの形になっていったんです」

 試合後の控え室。使い終わって捨てられたバンデージを拾い、隅から隅までチェックした。海外ボクシングの試合映像で、選手がグローブを外した瞬間を一時停止し、つぶさに研究した。
「手首の動き、拳の形、バンデージの形を見たら、こんな感じに巻いてるんだろうなって、ある程度想像がつくので」
 イメージをして、自ら作る。研究は、もちろんいまも続けている。

選手の数だけ巻き方がある

 世に出ている数多のボクシング教本の最初に、必ず「バンデージの巻き方」の項がある。それを何気なく読んで真似して、いつしかそれを“当たり前”としてしまう。だが、この“無意識の行為”ほど恐ろしいものはない。
 拳の形や大きさは、選手の数だけ存在する。ひとりとして同じ人間がいないように、ボクサーだって同じこと。拳の使い方も選手の数だけ無数にある。
「ナックルを返す、返さない。フックの打ち方が、拳を縦にしているか、横にしているかでも違う。それらをふまえて、テーピングを巻く方向を変えます。依頼を受けた時点で、その選手の試合映像を見て、打ち方を見て、手首がどんな動きをしているかを確認して、バンデージを巻いていきます。あとは選手との対話ですね。井上尚弥選手はいろいろと言ってくれます。だから、こっちも楽しいんです」

 学生時代に学んだテーピングの張り方、包帯の巻き方。これをベースに、かき集めた情報を基に、作り上げていく。だが、たとえば「誰々の巻き方」などというマニュアル帳などは一切持たないのだという。
「過去を見たら、進化しないので。記憶を戻すのがめんどくさいし(笑)。だったら、新しいものを作っちゃったほうが早い。ベースは一緒ですが、選手それぞれで変わっていくし、そのときの選手の状態とかでも変わっていくし、それこそ、巻いているうちに進化してるといっても過言ではないんです」

 だから、長年にわたって研究を重ねて築き上げた“永末スタイル”をつぶさに写真に収めること、そしてここに披露することを、惜しげもなく許可してくれた。もう、その時点からは遥か彼方へと飛び立ってしまっているから。そして何より、彼のプロフェッショナルとしての自負がある。さらに、日本ボクシング界全体の、バンデージに対する概念を刺激し、レベルアップを図りたい。そんな熱いメッセージが込められているのだ。

片方の拳に最低バンデージ2本使用

 ところで、みなさんはバンデージ使用本数をどう認識しているだろうか。片方の拳に1本と思っていないだろうか。これは当方も誤っていたのだが、JBC(日本ボクシングコミッション)に問い合わせたところ、「使用サイズについては決められているが、本数については特に規定なし」とのこと。永末氏曰く、「片方で最低2本は必要」というから、さっそく試してみてはどうか。
 そしてこれはあくまでも、「拳の保護」目的。一時、不正が認められたため、JBCではバンデージチェックの際、細かく注意を与え、それがいつしか「使用は1本のみ」ということで独り歩きしてしまった──どうやらこれが真相のようだ。

 ただし、これもただ無造作に2本巻けばいいという問題ではない。拳の構造、ナックルで打撃した場合、衝撃はどこへどのように伝わるのか。そして、それを保護するためには、どのようにバンデージを巻き、どのようにテーピングを巻けばよいのか。勉強、研究せねば意味がない、ということだ。

 さて、再確認のため、JBCルールの「バンデージ」に関する節を、抜粋・掲載したい。

第5章
第7節 バンデージ
第92条(バンデージ)
1 バンデージは、JBC認定の柔らかい布製のものでなければならない。
2 バンデージのサイズは、幅2インチ(5.1センチ)、長さ10ヤード(9.14メートル)を超えてはならない。
3 ボクサーは、バンデージ装着後、インスペクターの検査を受け、その許可を得なければならない。
4 ボクサーは、バンデージの内部に異物を巻きこみ、もしくはバンデージを捻じったりする等、加工をしてはならない。バンデージは拳・手首等の保護以外の目的を逸脱することをしてはならない。
5 ボクサーは、バンデージを安定させるために、片方の手に幅1インチ(2.5センチ)、長さ6フィート(1.83メートル)の粘着性テープを使用することができる。ただし、粘着性テープをナックルパートに使用してはならない。

プロフェッショナル、スペシャリスト、職人

 しっかりと巻かれ、固定された永末式バンデージは、使用後、ハサミでカットしても、元の形は崩れない。そのままそこへ立たせることができるほど。バンデージを外した瞬間、型崩れしてしまうのは、つまりそれだけ緩く、拳を保護できていないという証拠だ。
 永末さんの部屋の窓際には、ひとりで立つ使用済みバンデージがいくつか飾られているという。経年しても、崩れない、倒れない。これぞ職人技。

「パーソナルトレーニングもそうだけど、ある意味、誰でもできる。誰でもできるものを、誰でもできないところまでやりたい。それが一流。やるなら一流になりたいんです。
 誰でもできちゃうものには、お金は発生しないじゃないですか。でも、お金を取る、それがプロ。そして、プロになるからには一流を目指していきたい」

 やるからには、海外のトップ選手に呼ばれるようなバンデージ巻きになりたい。そして、海外のように、バンデージ巻きを立派な職業にしたい。

 プロフェッショナル。スペシャリスト。職人──。

 ボクシングの技術向上、体力強化という観点だけでない。商売道具=拳を大切にする。ボクシングという競技を行うにあたり、“体と心を鍛える”だけでは不十分。本人の自覚も必要だが、周囲の理解、サポートが重要になってくる。選手だけが突出していてもダメ。サポート役、セコンドもボクサーと同等のレベルになければならない。
「選手も進化してくるので、こちらも置いていかれないように進化しなければならないんです」

 永末氏の大きさを讃えつつ、日本ボクシング界全体のさらなる発展へつなげたい。

※以下、永末氏がプロボクサーの試合用バンデージ巻きを実践。片方20分かける職人芸であった

This article is a sponsored article by
''.