7月16日、株式会社健介オフィスがリリースにて、マサ斎藤(本名・斎藤昌典)さんが7月14日に亡くなったことを発表した。享年75。

 マサさんは1942年8月7日、東京都中野区出身。1964年の東京オリンピックにレスリング日本代表として出場し、65年に日本プロレス入り。その後、新日本プロレスに参戦し、87年10月4日にはアントニオ猪木と巌流島で無観客マッチもおこなった。99年の引退後はパーキンソン病と闘いながら、2005年に設立された健介オフィス(ダイアモンド・リング)では選手アドバイザーを務めた。

 近年は16年12月2日の上井プロデュース興行にて久々にリングに登場し、17年4月7日の同興行でもリングに上がり、ダイアモンド・リング時代のまな弟子・マサ北宮にエールを送っていた。

 妻の齋藤倫子さんのコメントは以下。

「夫 マサ斎藤は長期に渡り、パーキンソン病と闘い続けて来ました。17 年にもわたる闘病生活は、"Go For Broke!”(当たって砕けろ!) をモットーに掲げる彼にしても、想像を絶するほど辛く厳しいものでした。そんな中、引退後17年振り、74歳にして聖地である”リング”復活のチャンスが巡ってきました。更には、来年、再びカムバックのチャンスも出て来ました。その為にリハビリに意欲を燃やしていた矢先。容態急変。7月14日01時05分に永眠しました。穏やかながらも、新たなチャレンジへ向かう様な、マサ斎藤らしい力強い旅立ちでした。

 現役時代並びに闘病生活中にお世話になりました皆様方に対し、生前に賜りましたご厚意に感謝し謹んでご通知申し上げます。

 通夜及び葬儀に関しましては、家族・関係者にて都内にて行われる予定になっております。

2018年7月16日

齋藤倫子」

 謹んでご冥福をお祈り致します。

This article is a sponsored article by
''.