※フェルプス(左)、ロクテの2大スターは、米国のカレンダー戦略の強化軸を象徴する存在として、オリンピックで成功を収めてきた(写真は2011年)
写真◎Getty Images

 8月9日(木)から12日(日)までの4日間、東京辰巳国際水泳場にて開催される第13回パンパシフィック選手権・競泳競技(オープンウォータースイミングは14日に千葉県館山市の北条海岸にて開催)。その展望企画、今回は世界の競泳最強国・米国にとって、パンパックがどのような位置付けで捉えられているのかについて、紹介する。現地時間25日から29日までの5日間、米国ではパンパック代表選考会が行なわれるが、パンパック本大会前にこれを読んでおけば、決勝のみならず、予選、B決勝も楽しめる。

「カレンダー戦略」の中での重要な位置づけ

 世界の競泳最強国、米国にとってパンパシフィック選手権(以下パンパック)は、どのような戦略的な位置付けがあるのか――。オリンピック中間年の国際大会を経験しておく、というほかにも、米国は選手のモチベーションを上げる「仕掛け」をかけている。

 一番顕著な「仕掛け」は、2019年世界選手権の選考会となっていることがあげられる。言うまでもなくその翌年は2020年東京五輪。その流れの中で、オリンピックで実力をしっかり発揮する上では、その前年の世界選手権はどうしても経験しておきたい――米国の選手にとって、パンパックの最大の意味はここにあるといっていい。ちなみに、2019年世界選手権だけでなく、ユニバーシアード大会、パンナムゲームスの代表選考も兼ねている。

 パンパック、翌年の世界選手権、さらにその翌年のオリンピックという「カレンダー戦略」は、近年の米国競泳の強化戦略の中心になっている。オリンピックを中心とする4年サイクルで回る世界の競泳カレンダーの中で、この一連の流れをコントロールすることはどの国にとっても非常に重要だ。

 では、そもそも米国では、なぜこのようなカレンダー戦略という発想が生まれたのか。複数の歴史的な背景が垣間見られる。

 2000年以降、選手のプロ化が進み、大学を卒業してからもプロとして長期間に渡り、選手活動をする選手が増えた。特に、マイケル・フェルプスとライアン・ロクテの2名が、この流れをリードしてきた。こうしたトップのベテラン選手たちに、1年前に次の世界選手権の代表を決めてもらう。そして彼らに十分な時間を与え、トレーニングに集中してもらうという流れだ。

 英国や豪州を中心とする英連邦諸国は、4月にコモンウェルス(英連邦)大会があり、アジア諸国には8月にアジア大会がある。米国にとっては長水路(50mプール)の本格的な国際大会が少なく、オリンピック中間年は特にこのパンパックしかない。新たに米国代表チームのマネージング・ディレクターに就任したリンゼイ・ミンテンコは、「国際的なレースに参加する、という意味で特に重要な大会」と話している(米国水泳専門誌「スイミングワールド」2018年6月号より)。

パンパックは「予選も、B決勝も」勝負

 米国はパンパックルールで定められた男女最大各26名、計52名の大選手団で代表選手団を構成する可能性が高い。その選考会は、7月25日から29日までカリフォルニア州アーバインで行なわれる全米選手権。各個人種目でトップ3に入った選手に加え、若手有望株については4位の選手も一部選考する予定だ。パンパック本番で、同じ国の選手が決勝に進めるのは1国2名のみ。そのため、予選は、「米国選手同士の戦い」が展開され、決勝に2名が進めば同国内の予選3、4位の選手はB決勝に回ることになる。

 これはあまり知られていないが、前回の2014年大会ではこんな珍事も起きている。男子200m個人メドレーで、ロクテが予選全体5位となったものの米国選手では、タイラー・クラリーとマイケル・フェルプスに続く3番手となったため、B決勝に回ることになった。しかし、ロクテは世界選手権代表を狙うため、そのB決勝で奮闘。1分56秒02で泳ぎ、優勝した萩野公介と同タイムだったのだ。なぜロクテがB決勝でも一生懸命に泳いだかというと、世界選手権の選手選考には順位だけでなく、B決勝のタイムも考慮されていたからだ。もちろん、こんな「珍事」は、競泳最強国のアメリカだからこそ起こり得るストーリーでもある。

 それにしても、オリンピック選考会でトップ2選手を自動的に選考する方式とは大きく異なり、オリンピック前年の世界選手権のメンバーを1年前に選ぶ方式は、米国の歴史を振り返ると、2003年、2007年、2011年、2015年のパンパックで行なわれている。パンパックから世界選手権、そしてオリンピックというカレンダー戦略はほぼ確立されてきたといっていい。やはり世界選手権がオリンピックの前年に設定されているため、パンパックを「選考会」として使えば、2019年世界選手権に向けた選考会は必要なくなる。そして米国最大のイベント、2020年6月中に開催されるオリンピック選考会に向けて、十分なトレーニング時間が確保できる、という算段だ。

 もっとも失敗した例もある。2015年のカザン世界選手権では、金メダル獲得数が“ほんの”8個に終わっている。その事実を見れば、1年前に世界選手権メンバーを選考する方式は、「ベスト・オブ・ベスト(その時点で最高の選手団)」の代表チームではない、という意見もある。それでも、やはり1年前に選手選考ができるのは、選手層の厚い米国ならではともいえる。今回、女子代表ヘッドコーチに就任しているアーサー・アルビエロは、「お互いにぶつかり合うことが、米国代表のカルチャーだ」と語る。男子代表ヘッドコーチのレイ・ルースも「チーム内でよいリーダーが全体を引っ張っていくことで、全体はうまく回転していく」と話す。

2年後のオリンピックへ
パンパックでは米国の「Who?」にも注目せよ!

 米国の多くのトップ選手はパンパックを「通過」して、オリンピックや世界選手権の大舞台に羽ばたいていく――近年のパンパックで最も印象的だったのは、2010年大会(米国・アーバイン)でのミッシー・フランクリンだ。筆者は、この大会をスイマガ取材したので、よく覚えており、2012年ロンドン五輪で大活躍したフランクリンが“国際的なデビュー”を果たしたのが、この2010年だった。このとき、フランクリンは弱冠15歳。直前にあった全米選手権で100m背泳ぎと200m背泳ぎで2位に食い込み、パンパック代表になったのである。実際のパンパックではその2種目とも決勝にさえ進むことはできなかったが、このとき、誰が、フランクリンが2年後のロンドン五輪で金メダルを4個奪うまでに、成長すると思っただろう。しかし、フランクリンはこのパンパックの200m背泳ぎB決勝で1位となり、先述の選考方式から、翌年の2011年上海世界選手権のアメリカ代表をもぎとったのである。そして2011年上海世界選手権で、フランクリンはオリンピック金メダリスト候補に一気にのし上がったのである。もっとも、多くの専門家はまだ、「フランクリン? 誰?」という感じだったのだが、特に女子選手の場合には、オリンピック2年前くらいから、一気に力をつけてオリンピックメダリストに駆け上がるケースが見られるため、パンパックはB決勝といえども、注目しなければならないのである。

 フランクリンは、2010年大会で、世界選手権の切符が取れていなければ、2012年ロンドン五輪であれほど活躍できる素地は育っていなかったと筆者は推測している。

画像: 2010年大会に弱冠、15歳で出場したフランリンは、その2年後のロンドン五輪で大ブレーク。今大会の米国代表から2年後の東京五輪でスターになる選手は出て来るのか? 写真◎Getty Images

2010年大会に弱冠、15歳で出場したフランリンは、その2年後のロンドン五輪で大ブレーク。今大会の米国代表から2年後の東京五輪でスターになる選手は出て来るのか?
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 2016年リオ五輪を振り返ると、米国代表は、30名のオリンピック初出場の選手がおり、このうちなんと13名が2014年のパンパックを経験している。つまり、今年のパンパックからも10名以上の「ニューカマー」が米国から出てくることを想定すべきなのである。少なくとも、過去の事実がそれを物語っている。

 どんなすごい選手がでてくるのだろう? そう考えながら、今年のパンパックを見ると、トップ選手だけでなく、若手の泳ぎがすごく楽しみになってくるのである。

文◎望月秀記

※アリーナはパンパシフィック選手権2018のゴールドパートナーです。

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