知っているようで知らない大相撲豆知識。戦後の名力士にまつわる四股名の由来や記録などを中心に、Q&A形式でお届けします。
※分冊百科『大相撲名力士風雲録』創刊号から30号に連載した「大相撲クイズ」を編集、毎週月曜日に公開します。

※昭和58年、名古屋城をバックに5大関そろい踏み(左から朝潮、隆の里、若島津、北天佑、琴風)
写真:月刊相撲

Q 昭和58(1983)年夏場所後に北天佑が大関に昇進し、戦後7度目の「5大関」に。翌名古屋場所後の隆の里の横綱昇進で解消されますが、史上最も大関が多かったのは何人?

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A 6人

 平成24(2012)年春場所後に鶴竜(現横綱)が大関に昇進し、琴欧洲、日馬富士、把瑠都、琴奨菊、稀勢の里とともに6大関となったのが最多です。翌夏場所は横綱白鵬を含めた豪華7人の上位陣でしたが、総崩れで優勝は平幕の旭天鵬に輝きました。この6大関は、同年秋場所後の日馬富士の横綱昇進によって解消されています。過去、横綱・大関の数が多かった場所としては、昭和62年九州の4横綱4大関(横綱千代の富士、双羽黒、北勝海、大乃国/大関朝潮、北天佑、小錦、旭富士)などがあります。

画像: 平成24年秋場所初日の協会あいさつで土俵上に並ぶ横綱白鵬と6大関、三役陣。 中央は北の湖理事長(当時)

平成24年秋場所初日の協会あいさつで土俵上に並ぶ横綱白鵬と6大関、三役陣。
中央は北の湖理事長(当時)

分冊百科大相撲名力士風雲録第9号「琴風 朝潮 若嶋津 北天佑」掲載

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