※熱血監督と58歳高校生それぞれの戦いが始まった
写真提供/上原裕二

学業と仕事を両立させ、柔道に励む定時制・通信制の全国大会が今年も8月5日に講道館で開かれる。全国高校定時制通信制柔道大会。その中で異彩を放つ存在が2017年の第48回大会で男子団体で10連覇の金字塔を打ち立てた兵庫県・飾磨工業高校の三輪光監督と、58歳にして大会初出場を果たした上原裕二2段。二人の戦いを追った。

文◎中 大輔

涙涙涙

 飾工の十連覇で幕を閉じた2017年度全国大会。閉会式の後、上原はふいに背後から声がすると同時に、肩をぽんと叩かれた。

「よかったですよ!」

振り向くと、ブレザー姿の大会関係者だった。口下手な上原はとっさに言葉が出ず、「あ、ああ」と戸惑いながら会釈した。

その後も「どこかの高校の監督さん」や、講道館の師範、父兄、そして選手たちが、上原に向かって笑顔を向けた。何人かは大会関係者のように、直接労いの言葉を掛けてくれた。

「最初はね。試合をやる前までは、みんな、なんだこいつは? 教師なのか?監督なのか? まさか生徒じゃなるまいし、こいつは何者だ? そんな風に俺を見ていたんですよ。でもね、大会が終わったら、周りの人たちが俺に優しく笑いかけてくれたり、頑張ったって声を掛けてくれたりするんですよ。俺はね、感激しましたよ。みんな目で語り掛けてくれるんですよ。わかるんですよ。そういうのは伝わるんですよ。俺っていう存在を認めてくれたんですよ」

 上原はそこまで一気に話すと、言葉を詰まらせた。そして、ぼろぼろと涙をこぼした。

「俺は荒くれ者でしたから、ただ喧嘩に強くなりたくて、子供の頃に柔道やり始めたんですよ。動機は不純なんですよ。でも柔道面白くなって。この歳になっても、またやりたくなって。今まで試合に勝って嬉しかったことはいっぱいありましたよ、でもね、こんなに嬉しかったことはないですよ。皆さんが俺なんかに敬意を示してくれた。柔道やっててよかった! 初めて思いましたよ。俺はね、勝利者だと思いますよ。こんなに幸せなんだから。皆さんのおかげですよ。こんなおっさんを畳に上げてくれたんですよ。がんばれがんばれ、って。俺は俺は……」

 もう言葉にならなかった。上原は涙を拭うことなく、流し続けた。

 講道館一階のエントランス前には、姫路へ帰る高速バスを待つ飾工一団の姿があった。8月の直射の元、選手たち、父兄たちの顔は、心地よい疲労感をたたえながら輝いていた。

 その一団の中に、上原がいた。村岡と再び固い握手を交わしていた。

「ありがとう。戦えて本当によかった。ありがとうありがとうありがとう」

上原と村岡は一緒に写真に納まった。上原は写真の中でもぼろぼろに泣いていた。

「お父様お母様方もね、話しかけてくださってね。握手してくださってね。俺はもう泣けて泣けて」

バスに乗り込んだ選手たちに手を振りながら、上原はやっぱり泣いていた。

 後日。村岡に問うた。40年後に、つまり君が58歳になった時、講道館で、高校生と、例えば飾工の選手と戦えるか? 村岡は少し考えてから答えた。

「もしもその頃、まだ体を鍛えていたとしたら……いや、でも気持ちが無理だと思います。あの歳になって、強い気持ちを抱けるかどうか。自信ないです。たぶん無理だと思います。すごいっす、あの人」

 上原に村岡について聞いた。

「感謝してますよ。俺と真剣勝負してくれたんですから。でもね、俺は頭来てんですよ。今度はぶん投げてやる。絞め落としてやってもいい。秘策があるんですよ。村岡を倒す秘策が。詳しくは言えないですけど、最後は飛び込み内股で仕留めてやりますよ。え? 村岡君、来年は出ない? 卒業ですか、ああそうか……なんだ、ぶん投げてやろうと思ったのに……あ、でも二年生でも活きのいいのがいるでしょう。誰だって、ぶん投げてやりますよ、バーンと」

 飾工では毎年、全国大会制覇の記念Tシャツを作っている。三輪の娘・恵(めぐみ)がデザインし、父兄の協力で作成される。三輪は筆者にTシャツを託した。

「上原さんに渡してくださいますか」

 筆者から十連覇の記念Tシャツを受け取った上原はニヤリと笑った。

「三輪先生に伝えてください」

 プレゼントされたTシャツへの御礼の言葉、ではなかった。

「Tシャツなんか着ないですよ。敵ですからね。俺は柔道家・三輪光と戦いたいんですよ。ぶん投げてやる。そう伝えてください」

 上原は飾工が憎く、飾工が大好きなのだ。上原のLINEのプロフィール画像は、十連覇の記念Tシャツになっている。

 筆者が上原の言葉をそのまま伝えると、三輪は豪快に笑った。

「飾工じゃなくて、私と戦いたい? ハッハッハ! 伝えておいてください。いつでもかかってこい、と」

苦笑い

十連覇を区切りとしていた三輪は、有終の美を飾った。選手たちが、父兄が、長女の望や稽古相手を買って出てくれたOBたち、みんなが“飾ってくれた”。

全国大会から二か月後の2017年10月。三輪は異動希望を出す覚悟をしていた。

飾工に赴任して12年。十連覇は遂げられた。53歳。定年までの残りの7年間、飾工に別れを告げ、新天地で新しいスタートを切ってみたい。そう思っていた。

前人未到の十連覇という偉業はもちろんのこと、選手や父兄は、三輪の愛情深い“子育て”に絶大なる信頼を寄せてきた。村岡主将ら三年生たちは有終の美と共に引退したが、二年生と一年生、そしてその父兄たちは、三輪を柔道部に引き留めたかった。

 その思いは、三輪にも十分すぎるほど伝わっていた。ある父兄から直接、“脅された”こともあった。

「先生がどう思おうが、関係あらへん! みんなが先生を必要としとんねん! 先生いなくなったら恨むよ。寝つき悪うなるよ!」

 三輪は苦笑いで返すしかなかった。有難い言葉ではあるが、選手たちや父兄にそれぞれの人生と自由があるように、三輪にもまた、神から等しく与えられた人生の自由がある。三輪は周囲の思いをひしひしと感じながらも、自らの新たなるスタートに思いを馳せずにはいられなかった。

 俺はこれから、残り少なくなってきた教師人生をどう歩もうか……三輪は新しに、真っすぐな道が一本伸びていた。そしてその道の途中に、一人の女子選手がいた。

五ノ井里奈。宮城県内の高校を中退し、はるばる兵庫の飾工で新しいスタートを切った子だった。

五ノ井は学校内での人間関係に悩み、高校を辞めた。退学は小学生から続けてきた柔道から、離れることでもあった。

傷心の日々を送っていた五ノ井は、かつて観たバラエティ番組のドキュメンタリー特集を思い出した。兵庫県立飾磨工業高校柔道部。三輪と子供たちによる日々の奮闘と全国制覇の道のり。この番組が大好きだった。

あの熱血監督の下で、もう一度柔道をやりたい――。ふと閃いた。柔道を続けたかった。そして周囲と軋轢を生んでしまう自分を変えたかった。生まれ変わりたかった。

宮城から兵庫へ。戸惑う親に懇願し、五ノ井は飾工柔道部に入った。以来、三輪に怒鳴られ、叱り倒され、泣きながら、必死に喰らいついていった。

三輪が新しい道を模索していた11月、五ノ井は兵庫県高校柔道新人大会で準優勝という素晴らしい結果を残した。何より三輪は(もっと強くなりたい)(インターハイへ連れて行ってほしい)と背中で語る五ノ井の、飽くなき闘争心と向上心にほだされた。

「これは、兵庫でてっぺん取れるかもしれんなと思いました。五ノ井がもう一度、全国大会前のような緊張感と期待を私に与えてくれたんです」

 三輪はより一層しごいた。五ノ井は耐えに耐え、ついに兵庫県のてっぺんを決める大会当日を迎えた。

2017年12月17日。全国高校選手権兵庫県予選。五ノ井は63kg級で勝ち進み、11月の新人大会決勝で敗れていた高橋と相対した。

結果、五ノ井は夙川勢の女子全階級制覇を阻止。見事に兵庫県のてっぺんに立った。

五ノ井の頑張りは、三輪に新しい選択をさせなかった。十連覇で一度はリセットされた柔道の道を、再び歩むことになった。

終わりは始まり

翌2018年3月19日。五ノ井は兵庫県代表として第40回全国高等学校柔道選手権大会に臨んだ。一回戦で原口(北海道・札幌日大高校)を破り、二回戦で渡邊(神奈川・桐蔭学園)に敗れた。

かつて人間関係の軋轢に悩み、自分を変えたいと東北からやってきた少女。柔道はもちろん、人間として大きく成長した五ノ井に三輪は目を細めた。

翌20日。三輪と五ノ井は、横浜に向かった。三年連続で飾工と決勝を戦ってきた宿敵、神奈川県立横浜修悠館高校の卒業式に招待されたのである。

 柔道場を見学させてもらっていた際、顧問が三輪の目を見て言った。

「私たちは十年間、苦汁をなめてきました。こんなに悔しいことはないです。来年は何が何でも、飾工さんに一矢報いる気持ちでいます」

 三輪は決闘状を突き付けられたのだ。さらに衝撃的だったのは卒業式における、柔道部員が務めた送辞だった。

「先輩方が、講道館で泣き崩れた悔しい背中は、忘れません」

 三輪は震えた。敵ながら天晴。素晴らしいライバルだと再認識した。

「こんな決意を聞いたら、今一度全力で潰しにいくしかないでしょう。それが礼儀です」

 三輪は、少なくとも2018年は、監督を辞するタイミングを完全に失った。選手たちが、父兄が、そして宿敵までもが、三輪を離さなかった。

 新年度の4月。飾工は三輪光監督、三輪望コーチというツートップ体制で走り出した。

画像: ※飾磨工業高校柔道部は、三輪光監督(左)、三輪望コーチ(右)というツートップ体制で走り出した Photo/近代柔道

※飾磨工業高校柔道部は、三輪光監督(左)、三輪望コーチ(右)というツートップ体制で走り出した
Photo/近代柔道

「飾工は県立高校ですよね。三輪先生は今年も異動ないんですか? そうですか。良かった。まだ続けるんですね。良かった。うんうん」

 三輪の去就を気にしていた上原は、納得したように何度も頷いた。

2017年度は夜勤が多かったため学校に行くことが出来ず、やむなく留年した。2018年度、もう一度一年生をやり直す。

部員は白帯の二年生が入部し、二人になった。

「三輪先生、続投か。じゃあまた今年も会えるんだな。良かった。今度こそ飾工、ぶん投げてやりますよ!」

十一連覇を目論む飾工、下剋上を虎視眈々と付け狙う横浜修悠館、59歳になった高校生。

それぞれの戦いが始まっている。

また夏が来る。

(了)

第49回全国高校定時制通信制柔道大会 8月5日(日) 講道館7階大道場 9:00~

中大輔(なか・だいすけ)

1975年岐阜県生まれ。日本大学法学部卒。雑誌記者、漫画原作、書籍構成等を経て執筆活動に。主な書籍構成に、飾磨工業高校柔道部・三輪光監督の『破天荒』(竹書房)、伝説の女傑・齋藤智恵子『浅草ロック座の母』(竹書房)。2014年『延長50回の絆~中京VS崇徳 球史に刻まれた死闘の全貌~』(竹書房)で作家デビュー。著書に『たった17人の甲子園』(竹書房)などがある。

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