Playbackシリーズ「突撃! 研究室訪問」第6回は、大阪体育大学大学・土屋裕睦教授の研究室に突撃!
アスリートのメンタルをサポートする研究室にお邪魔しました。
--※本稿は『コーチング・クリニック』の連載「突撃!研究室訪問」第7回として、2011年7月号に掲載したものを再構成したものです。

カウンセリングルームの活動

 大阪体育大学は、1965年に「学校体育・社会体育・産業体育」の指導者育成を掲げて設立された。開学当初から、学校体育以外における体育・スポーツ分野の発展を掲げていたことが特徴といえる。そして、もう1つ注目すべきところが、メンタルサポート部門の充実ぶりだ。

 2006年、体育学部に「スポーツ心理・カウンセリングコース」が新設されたが、その背景にはスポーツカウンセリングルームの活動がある。スポーツカウンセリングルームとは、体育系大学生のための心理相談室であり、設置から今年で30年になる。

 カウンセリングルームにカウンセラーとして在籍する土屋裕睦教授は、「メンタルサポートを行う常設の大学附置施設としては、国内初かもしれません」と話す。教授の専門分野は、スポーツカウンセリングとメンタルトレーニング。現在は「スポーツカウンセリングの実践研究」に取り組んでおり、週の半分以上をアスリートとの面談に費やしている。

 スポーツの世界におけるメンタルサポートには、メンタルトレーニングとスポーツカウンセリングとが存在する。メンタルトレーニングは、試合などの場面で十分な力を発揮できるようにメンタルスキルを鍛える作業。一方のスポーツカウンセリングは、競技を通じて心に揺らぎが生じたとき、次に向かうべき方向性が見えるまでともに過ごす作業だ。ただ、土屋教授は「アスリートに何が必要かを考えるべきであって、2つの区別はなるべくしない」との方針をもっている。 

 カウンセリングルームでは、個別の心理相談活動を中心に、メンタルトレーニング講習会などを開催する教育・啓発活動、基礎資料収集のための調査・研究活動、ケースカンファレンスの開催や学外研修会への参加などの研修活動、活動報告会の開催を行う自己点検・評価活動が行われている。教育・啓発活動の一環として、学内で行われているのが「新入部員サポートプログラム」だ。

「高校から大学という環境の変化は、新入部員にさまざまなストレスをもたらします。対人関係の不具合など日常生活における問題が、競技に対する意欲喪失や燃え尽き現象を引き起こすこともある。不本意なまま退部してしまえば、選手の大学生活における成長は見込めません。そこで、ストレスや悩みを本人の力で乗り越えられるように、4~7月にサポートプログラムを実施しているのです」

 目的は精神的理由による退部の防止だけではない。大学スポーツの世界では、1年生の活躍がチームを勢いづける傾向にある。それには新入部員1人1人が、戦力としての心構えをもつことが不可欠。心を強くするために、プログラムにはメンタルトレーニングの要素も含まれている。

 追跡調査によれば、新入部員の精神状態は夏を前に落ち着きを見せる。秋にはそれぞれの競技がシーズンのピークを迎えるため、次の段階として取り組むのがチーム作りのサポートであり、それこそ土屋教授が今、もっとも力を注いでいる部分である。

「1つのチームが、チームとして万全の状態で機能するようになるには何が必要だと思いますか? 選手1人1人の能力や自信を高めることでしょうか。それともチームの団結心を高めることでしょうか。どちらも大切ですが、チーム作りには順序があります。これまで行ってきた実践研究から見えてきた重要なものは、チームとしてのまとまりと自信。プログラムを実施するときは、まずチームの凝集性を高め、その中でどうしたらチームとして自信をつけていくことができるかを、皆で考えます」

与えず、引き出す

 チーム作りのサポートに着目したきっかけは、個別の心理相談。年齢、性別、競技、悩みの内容に関係なく、カウンセリングルームを訪れるアスリートたちには、ある共通点があった。それは、彼らが開口一番に放つ言葉が、監督やコーチなど周囲の人間への不満であるということだ。

 それが、カウンセリングを始めてしばらくすると、文句ばかり言っていた選手の人間関係が、驚くほど変化していった。カウンセリングで対人関係について具体的なアドバイスを送ったわけではない。選手の立場に立って、ただ話を聞いただけ。それでも激的な変化が起こったのは、カウンセラーと言葉を交わしている間に選手本人が自分自身への理解を深め、周囲に対する考え方や感じ方を改めるようになったからだ。

 憎たらしくて仕方がなかった監督が父親のような存在になり、顔も見たくなかった先輩は兄貴のような存在になる。まさしく“自分が変われば、世界も変わる”である。

「人間は誰でも、対人関係のなかで傷つき、悩み苦しむ。しかし、対人関係のなかで癒され、成長するんです。ここからスポーツカウンセリングのツボは、人と人とのつながりにあると確信しました。それが、現在の研究、特に、チーム作りという部分に強く関心を抱いた要因ではないかなと、自分では思っています」

 学生には「スポーツカウンセラーは人と会うことが仕事。だから、人とたくさんかかわってほしい」との思いがある。取材日は、研究室が中心となって動いた「第3回学生メンタルトレーニング研究会」が開催されていたが、教授が主催を促したのには、そういった理由があったのだ。

 現在の研究室には、コーチやトレーナーなど、現場での指導経験をもつ大学院生が多く集まっている。いってみれば彼らは実践の専門家であり、心理学の専門家である教授とは「対等の立場」にある。だから、「指導することは、ほとんどない」という。この考えは、教授が心に抱いている今後の展望にも通じている。

 ここ数年の間に多くの書籍が出版され、ほかのメディアにも頻繁に取り上げられるようになったことからメンタルサポートの認知度は高まった。しかし、そこから得られるものは実験室から抽出された正しい知識にすぎない。

 では、それらが現場ですぐ役立つのか? というと、答えはノー。実際には、経験から来るひと工夫が必要になる。だからこそ、現場と研究室を行き来する土屋教授は、これからは「役立つ知識のスタンダード」を作り、発信していくべきだと考える。

「私が思うにカウンセラーとは、人に何かを与えるのではなく、相手がもっているものを引き出す役なんです。相談にやってきた選手に対して本当の意味で役に立ちたいと思ったら、何をするのが一番いいと思いますか? 励ましたり、アドバイスをしたり…いろいろとアイデアはあると思いますが、最終的には何もしないことが一番です。何もせず、ただ本人がもっている力で解決していくのを全力で支える。何かをするより数倍難しいことですが、これは役立つ知識のスタンダードを作り上げる際にもカギになると思います」

 教授が思い描く理想図は、カウンセリングルームを訪れたアスリートが「ここの先生は何もしてくれなかったけれど、自分は成長できた!」と言いながら、元気に笑顔で部屋を去っていく姿である。

Profile

つちや・ひろのぶ

1964年生まれ。筑波大学大学院修了。博士(体育科学)。筑波大学体育科学系文部技官、同助手時代にスポーツクリニックメンタル部門のスタッフとして、メンタルトレーニング指導と選手の心理相談を担当。その後、大阪体育大学に転出し、現在、大阪体育大学大学院スポーツ科学研究科教授、スポーツカウンセリングルームカウンセラー。日本スポーツ心理学会認定スポーツメンタルトレーニング指導士、日本カウンセリング学会認定スーパーバイザー、臨床心理身体運動学会認定スポーツカウンセラー。

画像: 与えず、引き出す

当時のゼミ生たちと

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