知っているようで知らない大相撲豆知識。戦後の名力士にまつわる四股名の由来や記録などを中心に、Q&A形式でお届けします。
※分冊百科『大相撲名力士風雲録』創刊号から30号に連載した「大相撲クイズ」を編集、毎週月曜日に公開します。

※平成12年5月24日、大関昇進伝達式を終え、若い衆の騎馬に乗る雅山
写真:月刊相撲

Q  初土俵から所要12場所で大関昇進を果たした雅山。これは豊山と並ぶ戦後最速記録ですが、逆に初土俵から最も多くの場所数をかけて大関昇進を果たしたのは誰でしょうか?

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A  霧島一博

 筋骨隆々の肉体と吊り技、出し投げで「和製ヘラクレス」の異名を取った、現在の陸奥親方。中学卒業後、昭和50年(1975)春場所に初土俵を踏み、59年名古屋場所で小錦とともに新入幕。30歳を超えて全盛期を迎え、平成2年(1990)春場所、千代の富士の通算1000勝に待ったをかける白星を挙げるなど13勝をマークし、30歳11カ月、初土俵から所要91場所で大関昇進を果たしました。なお、学生相撲出身では琴光喜の所要51場所が最遅記録です(記録は平成30年名古屋場所終了時点)。

画像: 平成2年夏場所前、大関として初めて載った番付を手にする霧島

平成2年夏場所前、大関として初めて載った番付を手にする霧島

分冊百科大相撲名力士風雲録第14号「武双山・出島・雅山」掲載

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