インドネシア・ジャカルタで開催されたアジア大会。陸上競技は8月25~30日に開催された。期間中、最も会場が盛り上がりを見せたのが、100mにインドネシア・期待のゾーリが登場したとき。国民の期待を一身に受けて走る姿に感動しつつ、2020年のことを想像してみた。

写真:ジャカルタアジア大会男子100mの決勝。ゾーリ(左から2人目・蘇の後ろ)も入賞した(写真/中野英聡)

ロンボク島出身の英雄
ゾーリが100m7位

画像: 100mで活躍したインドネシアのゾーリ(写真/中野英聡)

100mで活躍したインドネシアのゾーリ(写真/中野英聡)

 陸上競技の大会1日目。ナイトセッションになると、少しずつメインスタンドが埋まり始めた。そして、男子100mの予選3組に、ラル・ムハンマド・ゾーリが登場すると、ひと際大きな歓声が起きた。

「ゾーリ! ゾーリ!」の大合唱。決して多くない観客だが、その声には迫力があった。

 ゾーリは18歳の若きスプリンターだ。今年は、6月のアジアジュニア選手権(岐阜)の100mで宮本大輔(東洋大1年)らを抑えて優勝。さらに、7月のU20世界選手権では、アメリカやジャマイカといった列強国のスプリンターに勝ち、ジュニア世界最速の称号を手にした。

 インドネシアに13,000以上ある島の一つ、ロンボク島出身。立て続けに大きな地震があったことで日本でも報道された島だ。ゾーリは、木と竹で織った小さな小さな家で育った。172㎝・58㎏。走ることが得意で、裸足でトレーニングを続けていたという。姉にたった一度だけ「スパイクを買ってほしい」とお願いし、それをずっと履き続けた。

 その少年が世界一となる、まるで映画のような話。大統領を筆頭に、国を挙げての応援がスタートした。現地の観光アドバイザーも、タクシーの運転手もその存在を知り、興奮気味に「あいつはロンボク島出身でさ!」と語り出す。地元で行われるアジア大会で、最も注目された選手の一人といっていい。

 翌日の準決勝では少し観客が増えた。それでもお世辞にも大観衆とはいえないなかで、「インドネシア! ゾーリ!」の声が会場に地鳴りのように響き渡った。

 その期待に応え、ゾーリは準決勝も突破して決勝へ。決勝では、中国の蘇炳添、カタールのT・オグノデ、山縣亮太(セイコー)によるハイレベルな争いに加わることはできず7位だったが、自己記録の10秒18に迫る10秒20をマークした。

「大歓声は大きな力になったし、インドネシア人のホスピタリティに感動しました。ロンボク島からもたくさんの人が来てくれました。応援してくれた人を誇りに思います」

 歓声に感謝し、今後の夢について目を輝かせながらこう語った。

「これからはもっと高度なトレーニングを積み重ねて、近い将来9秒台で走ってオリンピックに出場したい」

「TOKYO?」と聞くとニッコリ笑ってうなずいた。

 最終日の4×100mRでは、日本に続いてインドネシアが見事に銀メダルを獲得。桐生祥秀(日本生命)は「自分たちが勝ったのに、インドネシアへの声援が大きくて『あれ? 負けた?』と思ったほどでした。2020年の東京オリンピックもあんなふうに盛り上がればいい」と語った。

画像: インドネシアは男子4×100mRで銀メダルを獲得した(写真/中野英聡)

インドネシアは男子4×100mRで銀メダルを獲得した(写真/中野英聡)

2020年東京オリンピック
ハード面だけでなくソフト面の準備を

画像: 会場となったゲロラ・ブン・カルノ・スタジアム(写真/中野英聡)

会場となったゲロラ・ブン・カルノ・スタジアム(写真/中野英聡)

 陸上競技の会場となったゲロラ・ブン・カルノ・スタジアムはジャカルタ中心部の少し南西に位置する国内一のスタジアム。1962年のアジア大会開催に向けて建てられた。

 収容人数は76,000人を超えるが、今回のアジア大会の陸上競技では、100m決勝と最終日に、メインスタンドの一部が埋まっただけ。それでも、国際大会での地元の歓声というのはすさまじい迫力があった。

 昨年、台北で行われたユニバーシアードでも、100mで期待の楊俊瀚に送られた声援は鳥肌が立った。楊もまた、ユニバーシアードでは見事に期待に応えて金メダルを獲得。楊は今大会100m5位、200mでは小池祐貴(ANA)と名勝負を繰り広げて銀メダルだった。

 日本代表は2人のようになれるだろうか――。そんなことを考えた。

 2020年の東京オリンピック。千駄ヶ谷では、新国立競技場を急ピッチで仕上げにかかっている。基本収容人数は68,000人だが、東京オリンピック時には80,000人仕様にするだろう。

 ジャカルタの競技場とほぼ同規模の巨大スタジアムが満員になったとき、一体どんな雰囲気に包まれるだろうか。これまで経験した国際大会とも違う、未知の世界だ。大観衆を味方につけられれば何も問題はないが……。これまで国際大会を経験している選手でも、プレッシャーを感じるだろうが、2020年が初出場という選手も当然ながらいるはずだ。

 日本人はとにかくオリンピックが好きだ。なかでも、陸上競技、100mは花形種目。その注目度は全体の種目中でも高いだろう。結果を出すのは簡単ではない。

 そうなったときに、「満員のスタジアムでの地元の大観衆」というのを経験する術はないか。たとえば、VRを駆使し、満員のスタジアムと大声援のなかスタートラインに立つ臨場感を体感するトレーニングを積むというのもいいかもしれない。

 1964年の東京五輪の男子マラソンで銅メダルを獲得した円谷幸吉は、その後期待の大きさに押しつぶされ68年メキシコ五輪を前に自ら命を絶っている。また、2007年に大阪で行われた世界選手権では、大会前に選手たちが必要以上にメディア露出に応えようとしてなかなか結果を残せないという選手もいたと聞く。

 2年後に迫った東京オリンピック。メダル、入賞、自己ベスト、シーズンベスト……。2020年は一人でも多くの選手が伸び伸びと競技し、納得のいくパフォーマンスを発揮してほしい。そのために、必要なことはまだまだある。ハード面だけでなく、ソフト面も含めて、本当の意味で、どれだけ準備できるか――。

文/向永拓史

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