多くの五輪メダリストを育てた伝説的なランニングコーチ、アーサー・リディアード。彼のトレーニング理論をリディアード・ファウンデーションの橋爪伸也氏にひも解く。※『ランニングマガジン・クリール』2017年5月号から2018年4月号まで掲載された連載を再構成しました。

2016年の東京マラソンより。レース序盤、ペースメーカーたちが何やら話し合いながら、キロ3分を切るハイペースでレースを引っ張った。これもLTスピードの成せる業(写真:椛本結城)

酸素の摂取能力と活用能力

 私たちは誰でも、そのときのレベルによって、使うことができる酸素の量があります。一般的に「最大酸素摂取能力」と呼ばれるものです。

 肺活量の大きい人は、1度の呼吸でたくさんの酸素を肺の中に取り入れますが、ほとんどの人がその酸素の多くを吐き出しています。これは、肺に入った酸素をピックアップできていないからです。

 肺に取り込んだ酸素をいかに多く、運動している筋肉に運ぶことができるか。つまり、酸素の「運搬屋」ともいえる赤血球と、大きくて力強いポンプ役の心臓、体中に張り巡らされた血管網といった、循環器系の発達が「酸素摂取能力」の大事な要素となるのです。

 そしてもうひとつ、おそらく最も重要で、一般的に見逃されている要素ですが、肺から運び出された酸素が、どれだけ「実際に運動している」筋肉群の中で活用されるか。昨今、クロストレーニングと称して、走る以外の運動をランニングの代用にしようという傾向が高まっています。「どちらにしても、酸素摂取能力を高めるという意味では同じ効果だ」という考えもあります。しかし、例えば、酸素の活用能力が両肩、両腕に集中している場合、脚を動かす助けにはなりません。

 このように、筋肉内での酸素活用能力を左右する要素が、運動筋肉内における毛細血管網、そして運動筋肉内のミトコンドリア(※細胞内の構造物のひとつで、有酸素能力と密接に関与)の大きさと数なのです。

2つの運動の境目

 最大酸素摂取能力内で運動をしている限り、その運動は「有酸素運動」ということになります。つまり、酸素を吸収、運搬、活用する能力の上限以下のレベルで運動をしている場合を「有酸素」と呼びます。

 また有酸素運動では、エネルギー源としてのグルコース(=単糖)分子1個から、実際の燃料としてのATP(アデノシン三リン酸=筋肉を動かす際のエネルギー源)が36個作られます。この状態を、アーサー・リディアードは「安定状態(SteadyState)」と呼んでおり、心拍数や呼吸は高いながらも安定しており、いわゆる「走りながら会話ができる状態」です。

 走るスピードがどんどん速くなると、ある一線で、運動強度が最大酸素摂取能力を超えることになります。この場合、そのスピードで走るために体が必要とする酸素の量を、体が供給できない、つまり「無酸素状態」となります。これは、単に「酸素がない状態」ではなく、「酸素が不十分な状態」を指します。つまり、そのスピードで走るために必要な酸素の「需要」に対して、体が「供給」する酸素の量が追いついていかない状態、ということです。そしてその需給の境界線から、血中に放出される「乳酸」が一気に増えます。

 皆さんはもう「乳酸は悪者ではない」ということをご存じでしょうが、放出される乳酸と同じ数だけ、水素イオンが放出されます。つまり、乳酸がたくさんある状態、というのは体が酸化されている状態なのです。

有酸素能力の向上がミソ

「一気に乳酸(水素イオン)が増えるスピード」は昨今、よくいわれているLT(またはAT)スピード(=酸素摂取水準)です。一般的に、このLTよりゆっくりのスピードが有酸素運動、LTを超えると無酸素運動、となります。

画像: 走るスピードが速くなると、乳酸値があるポイントで一気に増加する。そこを一般的には「LTスピード」や「最高有酸素スピード」と呼ぶ。またこのポイントは、最大心拍数とほぼ同じになる。

走るスピードが速くなると、乳酸値があるポイントで一気に増加する。そこを一般的には「LTスピード」や「最高有酸素スピード」と呼ぶ。またこのポイントは、最大心拍数とほぼ同じになる。

 このように酸素が不十分の場合、体はその分をごまかして、酸素なしで燃料を引き出そうとします。この場合、グルコース分子1個から、ATPはわずか2個しか作られません。そして、その副産物として水素分子が放出されることによって、体内のpH(酸性・アルカリ性の度合いを示す値で、「7」が中性)が下がってきます。我々の体は、pH7.4でわずかにアルカリ性です。ところが、酸素供給能力を超えるレベルで運動をし続けると、水素イオンの発生により、体が長時間酸性の状態にさらされることになります。

 人体は酸性状態を嫌います。酸性状態に陥ると、筋収縮が困難になります。それは例えば、400mを全力疾走していて、最後の100mで脚が動かなくなる状態です。

 それに加えて、酸性状態が続くとミトコンドリアの崩壊、細胞壁の崩壊、免疫力の低下など、それまでじっくりと築き上げてきた「体力」を減退させ、さらに故障や病気の原因にまで発展しかねません。 

 それでも、レースで頑張って速く走ろうと思うなら、この無酸素状態に慣れる練習をする必要もあります。また、有酸素能力が高ければ高いほど、高いレベルでの「スピード練習」をこなすことが可能となります。

画像: 有酸素トレーニングを積むことによって、LTスピード(乳酸が一気に増え始めるポイント)を引き上げることができる。つまり、それまではあまり速くないスピードで無酸素状態になっていた(①)のが、有酸素トレーニングの繰り返しによって、より速いスピードでも有酸素状態を保てるようになる(②=乳酸の急増のタイミングが遅れる)。

有酸素トレーニングを積むことによって、LTスピード(乳酸が一気に増え始めるポイント)を引き上げることができる。つまり、それまではあまり速くないスピードで無酸素状態になっていた(①)のが、有酸素トレーニングの繰り返しによって、より速いスピードでも有酸素状態を保てるようになる(②=乳酸の急増のタイミングが遅れる)。

 さて、ここが最も重要なポイントなのですが、正しいトレーニングを積んで、個人の最大酸素摂取能力、つまり「有酸素能力」を高めることによって、LTスピードがどんどん速くなっていきます。

 つまり、有酸素能力が高まると、有酸素スピードがどんどん速くなっていくのです。エリートランナーたちが、キロ3分を切るようなスピードで走りながら、お互いに談笑できる理由もそこにあります。トップランナーたちの有酸素能力は、それほど高いということです。 

アーサー・リディアード
1917年ニュージーランド生まれ。2004年12月にアメリカでのランニングクリニック中に急逝。50年代中頃、「リディアード方式」と呼ばれる独自のトレーニング方法を確立した。その方法で指導した選手が、60年ローマ五輪と64年東京五輪で大活躍。心臓病のリハビリに走ることを導入した、ジョギングの生みの親でもある。

著者/橋爪伸也(はしづめ・のぶや)
三重県津市出身。1980年からアーサー・リディアードに師事。日立陸上部の初代コーチを経て、バルセロナ五輪銅メダリストのロレイン・モラーと「リディアード・ファウンデーション」を設立。2004年以降はリディアード法トレーニングの普及に努めている。現在は米国ミネソタ州在住。

自己ベスト更新の最適トレーニング
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