Playbackシリーズ「突撃! 研究室訪問」第9回は、近畿大学生物理工学部・谷本道哉准教授の研究室に突撃!
ユニバーサルデザインとスポーツ科学の関係性に迫った。
--※本稿は『コーチング・クリニック』の連載「突撃!研究室訪問」第13回として、2012年1月号に掲載したものを再構成したものです。

スポーツ科学をものづくりに生かす

 開口一番、「僕は、ずっと筋トレが好きなんですけど…」と話し始める谷本道哉先生は、筋生理学と身体運動科学を専門とする研究者である。大阪大学工学部を卒業し、大学院は東京大学に入学。石井直方教授に師事して総合文化研究科博士課程を修了したあとは、国立健康・栄養研究所で特別研究員を務めた。

 研究所での活動の大きなテーマは、国民を健康にすること。当時の研究課題のメインはメタボリック症候群だったため、筋トレと動脈血管系機能との関係性などを研究するうちに、谷本先生の興味は筋肉そのものから健康科学へも広がっていった。

 2010年4月、縁あって近畿大学に講師として着任。所属する生物理工学部人間工学科のメインテーマは、ユニバーサルデザイン(以下、UD)だ。UDとは、文化・言語・国籍などの違い、老若男女といった差異、障害・能力のいかんを問わずに誰でも利用できる施設や製品、情報の設計(デザイン)を指す言葉である。

 理工系の学部でスポーツ科学とは意外に思うかもしれないが、そもそもスポーツ科学は生理学、力学、化学など、「理数系」の多くの分野をまたがる学際領域の学問である。

「スポーツは“人間の生体内”における“化学反応”によって“力学的な運動”を行う活動です。それを考察するスポーツ科学がここ生物理工学部に組み込まれているのは、むしろ自然なことでは」とは、谷本先生の見解である。

「ここは、人間の身体の仕組みを理解した上でのものづくりを考え、学ぶところです。身体の仕組みを理解するという部分で、学生たちはスポーツ科学を学びますが、着地点はものづくり。使いやすいもの・便利なものを作ることなのです。例えば、椅子を作るのに立ちあがり動作の力学特性を考慮するとか、そういう感じで筋肉や運動に関する専門的知識を、ものづくりに生かしていくのが狙いです」

 谷本先生がUD商品を作ることは「ない」というが、研究過程で手軽なトレーニングマシンを作る研究は1つ進めているそうだ。一方、本筋といえる筋肉の研究も、もちろん進めている。そのなかで今、先生が最も興味を抱いているのが自転車運動である。

 筋肉を大きく強くするには、高重量を上げ下げする筋トレが一番。しかし、フリーウェイトを使ったそれは、高齢者向けには危険という見方もある。さらに、トレーニングのキャリアを重ねると、身体のあちこちに障害が出てきてしまう問題もある。

 そこで、高重量を拳上しなくても筋肉を大きくする方法があるのでは? と、取り組んだのがスロートレーニングだった。スロトレは、筋力発揮による持続的な筋内圧の上昇により、血流を制限して行うトレーニング法。血流制限によって筋内が低酸素環境になり、乳酸などの無酸素性の代謝物の蓄積を促すことから、パンプアップといわれる現象を起こす。それと似た例として考えられたのが、自転車運動である。

筋肥大を促す自転車運動の研究

「自転車は、思いきり漕いでも短縮速度は速いのですが張力としては最大の3割程度しか出てないんですよ。筋肉に強いテンションはかからない。また、ペダルを漕げば脚は自動で戻るため、エキセントリック局面がほぼない。筋肥大を促すこれらの重要な2つの要素がないんです。それでも競輪選手の脚は発達しています。しかも、彼らの多くはスクワットをしません。スポーツ選手にとっての筋トレは、競技練習でつく量より多くの筋肉をつけるために行うもの。例えば、野球をどんなにやっても筋肉は一定量しかつきません。だから、野球選手は筋トレをしてホームランを打てる身体をつくる。その点、自転車選手は競技練習だけでも脚の筋肉が十分に発達する。負荷が小さくてエキセントリック局面もないけれど、現実として相当の筋肥大が起きているのです」

 自転車の中距離走を模して5分間、全力で漕ぐ実験を行ったところ、局所的なエネルギー消費の激しい筋運動を行うため酸素供給が追いつかず、筋酸素レベルは格段に落ちた。代謝的な負荷に関しても、血中に漏れ出る乳酸量で見ると相当量上がっていた。腿のパンプアップ状況をMRIで測り、運動前後で比較すると約6%の差が見られた。そして、3ヵ月間の運動介入をすると、脚全体で約6%、大腿四頭筋に限れば約8%の筋肥大が見られた。

「この数値は、通常の筋トレを3ヵ月行った場合とほぼ同等です。大抵、筋トレの研究は最大の成果を出すように行うのですが、そういった最も効果的とされる方法と変わらない筋肥大効果が、自転車にはあるという結果が得られたわけです。もう1つ、筋力と持久力の向上の両立は難しい、といわれていますが、自転車ではどちらも十分に上がる。心肺機能に対する負荷も大きいので、VO2max
(最大酸素摂取量)は確実に上がります」

 VO2maxが上がるような持久的運動は、動脈を軟らかくして心疾患などのリスクを下げるため、現在、最も生活習慣病予防に効果があるとされている。筋肉に関しても、筋肥大効果が高いのだからロコモティブシンドロームやサルコペニアなどに対する効果も高い。つまり、健康のための運動としてはバッチリといえるわけだ。

「僕、ここ(近畿大学)に来てから自転車通勤を始めたんです。通勤路はかなり厳しい坂道なんですが、そこを毎日通っています。相当の坂なので電動アシストの助けを借りていますが、往路と復路、それぞれ1分間アシストをオフにして全力で漕ぐ場所を決めて、トレーニングしているんです。今は脚のトレーニングは自転車だけですが、仕上がりは筋トレだけのときよりもしかするといいかもしれません」

 自転車の研究を学内の課題であるUDにつなげることは「ちょっと難しいかなと思いますね」と、先生。「この研究は自分の脚を太くしたいという思いがあってのものですから(笑)。自分のためのトレーニングが、社会貢献につながればいいなという感じです」と笑ってみせた。同研究の今後については、「持久的な面や神経適応などについて、もう少し調べようと思っています」とのことだ。

 取材終盤、先生が「おまけで言うと…」と付け加えたのが、自身の競技(空手)復帰についてだった。「トレーニングにしても競技にしても、現役でできるうちはやっていたい。研究のことを考えても、そういうところは生涯現役でいたいと思いますから」と、信条を語る。なんでも、以前所属した正道会館の道場は近くになかったため、新極真に入門したそうだ。谷本先生の再挑戦。目指すは、全日本選手権への再出場だ。

画像: 当時のゼミ生たちと

当時のゼミ生たちと

Profile

たにもと・みちや

1972年、静岡県生まれ。近畿大学生物理工学部人間工学科准教授。大阪大学工学部卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専門は筋生理学・身体運動科学。スポーツ・トレーニングの現場に精通した研究者であることを信条とする。著書・共著書に『学術的に「正しい」若い体のつくり方―なぜあの人だけが老けないのか?』(中公新書ラクレ)、『トレーニングのホントが知りたい』『使える筋肉・使えない筋肉』『基礎から学ぶ! ストレッチング』『筋トレまるわかり大事典』(いずれも小社刊)などがある。

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