知っているようで知らない大相撲豆知識。戦後の名力士にまつわる四股名の由来や記録などを中心に、Q&A形式でお届けします。
※分冊百科『大相撲名力士風雲録』創刊号から30号に連載した「大相撲クイズ」を編集、毎週月曜日に公開します。

※「角界のアラン・ドロン」と呼ばれた霧島 
写真:月刊相撲

Q  平成3年初場所、初土俵から所要96場所での霧島の初優勝は、当時の最スロー記録。では、霧島以前に初土俵からの最スローVの記録も持っていたのは?

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A 隆の里俊英

 大関時代の昭和57年(1982)秋場所での初優勝は、初土俵から所要86場所、しかも全勝での優勝でした。現在では平成24年(2012)夏場所の旭天鵬の121場所が最スロー。2位が貴闘力で102場所(平成12年春場所)。3位が霧島。4位が元隆の里の鳴戸親方の弟子で、平成29年初場所で感動の初優勝を遂げた稀勢の里の89場所です(平成30年秋場所終了時点)

画像: 糖尿病との闘いに打ち勝ち、86場所かけて賜盃にたどり着いた隆の里。左は盟友の2代若乃花

糖尿病との闘いに打ち勝ち、86場所かけて賜盃にたどり着いた隆の里。左は盟友の2代若乃花 

分冊百科大相撲名力士風雲録第19号「旭富士 小錦 霧島」掲載

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