上写真=念願の東日本新人王に輝き、荒川は控え室で安堵の表情を浮かべた

“本命”一転、連続KO負け……

 2017年の東日本新人王戦。予選3試合は、華麗なステップとスタイリッシュな左ストレートで3勝2KO勝利を収めてきた荒川竜平(中野サイトウ)は、フライ級の“本命”とも呼べる存在だった。が、決勝では、同じサウスポーの薮崎賢人(セレス)の強打に遭って、初回TKO負け。ダメージはもちろんのこと、呆然自失する荒川の姿が忘れられなかった。

「これはひょっとしたら、時間がかかるかもしれないな……」
 そこまでの勢いが強ければ強いほど、いざつまずいたときの傷は深くて重い。年が明け、世の中が新たな門出を迎える4月、荒川も満を持してあらためて飛び立つはずだったが、嫌な予感は的中してしまった。2回TKO負け……。

 ボクシングとは、実に繊細だ。気合、気迫だけではどうにもならない競技だが、いったん心の綻びを見せてしまえば、糸はするするとほどけてしまう。荒川の場合、KO負けのショックはトラウマとなって、常につきまとっていたのではないか。これを押さえ込み、リングに上がり、そして勝利を得るには、余程のパワーが必要となる。

自分を見捨てない、大きな存在

「(齊藤一人)会長が、『練習に来いよ!』ってずっと声をかけてくれていて……。それに、自分でも、何が欠点なのかわかっていたんです。ちょっとでもいいパンチが決まると、舞い上がってしまって行ってしまうところ」

 そんな荒川と対極にあるのが、学年はひとつ下だが、中野サイトウジムの選手第1号であるミドル級の加藤収二だ。彼らは2017年の新人王戦をともに駆け上がり、加藤は全日本まで制している。

「僕とは違って、加藤さんは常に冷静なんです。いつも心が安定している。そこは僕にない部分で、見習おうと思っているところです」

 一方は全日本を制し、もう一方は途中で敗れ、しかもKO負けの残像にあえぐ。悲嘆したり、卑下したり、悪い意味での羨望が湧いてきても不思議ではない。けれども、荒川は、しっかりと自分と向き合い、加藤を観察した。

 中野サイトウジムは、会員数こそ多いが、プロ選手となると加藤と荒川のふたりしかいない。ライバル関係ができあがっていてもよさそうだが、「加藤さんの性格に救われた」と荒川。「サウスポーに苦手意識がある」という荒川に、体格差はあるものの、やはりサウスポーの加藤が進んでマスボクシングに協力した。

運命的な再戦

 今年こそ──。2度目の新人王戦に臨んだ荒川にとって、今日3日の東日本新人王決勝は、“運命的”なものとなった。4月に戦って倒されている太田憲人(ワタナベ)が相手なのだ。

 徹底的に出入りを使い、フットワークを駆使してサークリングした。そしていきなり初回にワンツーで太田をダウンさせる。だが、荒川は自制した。それは、かつて食らったKO負けのショックからではなく、あくまでもメンタルをコントロールして。
 2ラウンドにも再びワンツーでダウンを奪う。太田のヒザは大きく揺らいでいる。だが、太田はものすごい気迫で左をスイング。さらに右フック。荒川は鼻血を流し、距離を詰められて猛反撃に遭ってしまう。

 それでも、心を乱さなかった。同じ過ちはもう2度と犯さない。3ラウンド、努めて冷静に距離をとり、間合いを測り、太田の右に狙いすました左クロス。太田は腰砕けとなり、レフェリーが割って入ると同時に、太田コーナーからタオルが投げ込まれた。

 リング上の勝利者インタビューで「覚醒しました!」と場内に呼びかけたが、この言葉は、イコール「払拭」と取ってよいのではないか。「トラウマ」「呪縛」からの解放。しかも、自らの手で。心の強さで。全試合後、荒川は『技能賞』に選出されたが、ボクシングだけでなく、心を巧みに操った点も評価されたのだろう。

 普段は東京・大泉にある『陽和病院』の精神科で働く看護師。後楽園ホールには患者さんを含め、ジムの会員さん、地元・宮崎の友人・知人ら大応援団が駆けつけた。荒川の人柄がにじみ出る声援だった。

トランクスの後ろには「看護師」と勤め先の刺繍が入っている

前には実家が営む『魚屋金仙』の刺繍入り

 荒川をサポートし続けてくれた加藤は、こんどの水曜日(7日)、チャンピオンカーニバル挑戦者決定戦に臨む。相手は前日本王者・西田光(川崎新田)だ。

「僕が勝って、なんとか加藤さんにつなげた」と、ホッと胸をなで下ろした荒川。自身は12月23日(日)の全日本新人王戦に勝って、加藤の背中を追いかける。

「たったふたりしかプロの選手はいませんが、僕らでジムを引っ張っていきます」

 リング上での喜びを爆発させた表情はすでに消えていた。荒川は、しっかりと上を見据えているのだ。

文_本間 暁

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