上写真=2001年、磐田の選手としては実現しなかったレアル・マドリードとの真剣勝負。17年の時を経て、指揮官として立ち向かう
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 日本時間の今日19日(水)深夜に行なわれるクラブ・ワールドカップ準決勝で、レアル・マドリード(スペイン)に挑む鹿島。チームを率いる大岩剛監督は現役時代の2001年、磐田の選手としてレアルとの対戦が決まっていたが、直前で消滅した過去を持つ。17年後、監督として臨む世紀の一戦を前に、当時の経緯などを振り返る。

初戦で対戦するはずが…

 サッカーのクラブ世界一を決める国際大会は、1981年から2004年まで日本で開催されていたトヨタカップ、その前に開催されていたインターコンチネンタルカップとも、欧州と南米のクラブ王者の対戦を「事実上の」世界一決定戦と銘打っていた。そこに、アジアやアフリカなど他大陸のクラブ王者を加え、「真の」クラブ世界一決定戦として2005年から新たにスタートしたのが、現在のクラブW杯だ。

 だが、それより前の2000年1月にブラジルで、FIFA(国際サッカー連盟)主催の「クラブ世界選手権(FIFA Club World Championship)」が開催されていた。南米から地元のコリンチャンス、バスコ・ダ・ガマ、欧州からレアル・マドリード(スペイン)、マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)に加え、アフリカのラジャ・カサブランカ(モロッコ)、北中米カリブ海のネカサ(メキシコ)、オセアニアのサウス・メルボルン(オーストラリア)、アジアのアルナスル(サウジアラビア)の計8クラブが参加。決勝はコリンチャンスとバスコのブラジル対決となり、コリンチャンスが勝って初代王者に輝いている。

 第2回大会は2001年7月から8月にかけてスペインで、全12クラブで争われることになった。これに参加することが決まっていたのがジュビロ磐田だ。01年3月に行なわれたグループステージ抽選会で、磐田はレアル、ハーツ・オブ・オーク(ガーナ)、ロサンゼルス・ギャラクシー(アメリカ)と同組となり、初戦でレアルと対戦することになった。当時のレアルは前年のバロンドール(欧州年間最優秀選手賞=当時)を受賞したポルトガル代表MFルイス・フィーゴをはじめ、スペイン代表FWラウル、ブラジル代表DFロベルト・カルロスなどをそろえた世界屈指のスター軍団。会場はレアルのホーム、サンチャゴ・ベルナベウだった。

 磐田もクラブ最高の充実期を迎えていた。名波浩を中心に藤田俊哉、奥大介、服部年宏、福西崇史のMF5人が、サイコロの5の目の形に並ぶ「N-BOX」が機能し、強度の高い守備と流動的なパスサッカーを両立させ、Jリーグを席巻。そもそも「N-BOX」はレアル戦を見据えて導入したもので、この年の1stステージで開幕8連勝を飾るなど、他を圧倒する強さを誇っていた。

 大岩剛は00年途中に名古屋から磐田に移籍し、01年も持ち味の強さと高さを生かして、3バックの一角で堅守に貢献していた。対レアルを考えると、世界最高レベルの攻撃を、守備陣がどう抑えるかが勝敗のカギを握ると思われていた。

 ところが、開幕まで約2カ月となった5月19日、第2回クラブ世界選手権は突然、03年への延期が発表された。FIFAがマーケティング事業を委託している企業が同年3月に経営破綻し、受け皿となるはずの別企業の買収話も頓挫したため、大会のスポンサー探しが困難になったためだった。

 延期が報じられた当日、磐田はホームで1stステージ10節・札幌戦を戦った。前節で敗れて開幕からの連勝が8でストップしていた磐田は、この日も先制される苦しい展開となったが、後半終了間際に追い付いて延長へ。通算102分にVゴールを決めて勝利に導いたのは、大岩だった。

画像: 守備の軸として活躍していた2001年の大岩。右は現磐田所属の大久保嘉人(当時C大阪)

守備の軸として活躍していた2001年の大岩。右は現磐田所属の大久保嘉人(当時C大阪)

 延期と発表された大会は結局、そのまま消滅し、磐田とレアル・マドリードの対戦も夢と消えた。その後、トヨタカップが改編されて新しくなった大会は、第1回の2005年当時は「クラブ世界選手権」という名称だったが、翌06年からクラブW杯となり、現在に至る(00年にブラジルで開催されたクラブ世界選手権は、現在はクラブW杯の第1回大会として認定されている)。

 レアル・マドリードは01年7月にフランス代表MFジネディーヌ・ジダンが加入し、01-02シーズンのUEFAチャンピオンズリーグを制覇。02年末のトヨタカップも制し、クラブ世界一に輝いた。一方の磐田は01年こそチャンピオンシップで敗れて年間2位に終わったが、チームの完成度はJ史上屈指と評価されており、02年は史上初の両ステージ制覇で年間優勝を果たしている。世界最強クラブvs日本最強クラブ。あのとき実現していたら、どんな戦いになっていただろうか。
 
 2016年に石井正忠監督の下、クラブW杯で決勝に進んでレアルに挑んだ鹿島は、後半に一時は逆転して世界一への夢を抱かせたが、延長の末に2-4で敗れた。そのときコーチだった大岩氏は昨年途中に監督に就任。前回は開催国枠で出場した大会に、今度はアジア代表として出場し、リベンジの機会が巡ってきている。
 
 大会3連覇を狙う世界最強クラブと、アジア最強クラブの一大決戦。鹿島の指揮官の脳裏には、17年前の記憶がよみがえるのかもしれない。

文◎石倉利英

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