画像: 東京五輪重量挙げ金メダリスト・三宅義信さん(79歳)が明かす長寿健康法

三宅義信さんはどのように胃がんをはじめとする数々の大病を克服したのか?

 1964年の東京オリンピックで日本人金メダル第1号の栄誉に輝いたのがウエイトリフティングの三宅義信さんだ。続く68年メキシコ大会でも金メダルを獲得。現役時代オリンピックを舞台に闘い続けた三宅さんの後年は、胃がんをはじめとするさまざまな病気との闘いでもあった。大病を克服し79歳ながらいまだ東京国際大学ウエイトリフティング部の監督、マスターズの現役選手として活動する三宅さんの元気の秘訣とは? 全国書店で発売中のアクティブシニア向け健康雑誌『健康一番「けんいち」』Vol.18(特集「胃活・腸活」)に掲載している三宅さんの体験記「私の養生訓」のなかから一部分を紹介する。
(三宅義信さんのプロフィール)
1939年11月24日、宮城県生まれ。ウエイトリフティング(重量挙げ)の日本代表としてオリンピックで活躍。60年ローマ大会、64年東京大会、68年メキシコ大会、72年ミュンヘン大会に連続出場。ローマ大会で銀メダル、東京大会とメキシコ大会で金メダルに輝く。現役引退後は自衛隊に勤務しながら後進を育成。自衛隊体育学校校長などを歴任。スポーツ功労賞(文部省)、紫綬褒章(内閣総理大臣)、瑞宝小綬章(内閣総理大臣)、名誉都民顕彰(東京都知事)、文化功労者(文部科学省)などを受賞。現在、東京国際大学ウエイトリフティング部監督。

脱腸を手で押し込んで、東京五輪に臨んだ

 1964年の東京オリンピックのとき、脱腸(だっちょう=本来ならお腹の中にあるべき腹膜や腸の一部が脚の付け根辺りに飛び出すこと。外から見るとコブやできもののように見える)を患っていました。もともと脱腸になりやすい体質だったんでしょう。
 普段は何ともないけど、下腹部に力を入れるとコブが出る。ちょうどオリンピック前に見つかりましたが、手術をすると試合に出られなくなる。ですから手術をせずに、バンソウコウやふんどしでしっかり押さえて、競技を続けました。力を入れて腸が出てきたら、上から押しておなかの中に戻してやる、そんなことを繰り返しました。その甲斐あって東京オリンピックでは金メダルを獲ることができました。結局、そのあとも手術をすることなく、脱調は自然に治りました。おなかに筋肉がついて穴がふさがったのでしょう。

朝起きると風呂に入る

 金メダルをとった東京オリンピック(1964年)から54年が経ちます。当時24歳だった私も現在79歳。寄る年波には勝てず、その間にいろいろな病気を経験しましたが克服して、最近はウエイトリフティングのマスターズの大会に出たり、東京国際大学ウエイトリフティング部監督として後進の指導に励んでいます。
 現役引退後の1995年、左ひざの靭帯を切るアクシデントに見舞われ、人工靱帯を入れました。さらに加齢とともに両ひざの軟骨もすり減ってきて、今では毎日ひざの痛みと悪戦苦闘しています。歩いても痛いし、寝る時もひざが疼くのです。
 朝起きると、これまたひざが痛い。そこで90年代の終わり頃(60歳くらい)から、毎朝起きたら温度が38~44度くらいの風呂に入って、腕や足の関節のストレッチを行っています。体を温めて血行をよくし、体の各部をほぐす習慣をつけました。

画像: 朝風呂に入ると、軽いストレッチを行う

朝風呂に入ると、軽いストレッチを行う

胃がんが見つかり、すぐに切除

 大病に見舞われたのは2011年のことです。この年の3月11日は東日本大震災が発生。私の出身地は宮城県村田町なので、我がことのように東北地方のことが心配でした。その直後、私は自衛隊中央病院で定期健診を受けて胃カメラを飲みましたが、その結果、胃にがんが見つかりました。しかし医師によれば、早期がんであり、内視鏡手術で切除すれば治るといいます。4月20日に入院し、25日に2㎝の大きさのがんを周辺部分を含めて取ってもらいました。
 手術から1週間後、私はマラソンの瀬古俊彦さん、レスリングの太田章さんとともに福島市のあづま総合運動公園を訪ねました。東北の人たちを何とか励ましたいという思いで、いてもたってもいられなかったのです。「私もがんと闘っています。みなさんも頑張ってください」とエールを送りました。
 胃がんの直後、2011年の夏には激しい腹痛が起こり、調べたら膵臓に炎症が起きていました。最初は膵臓がんも疑われましたが、調べたら良性だとわかりました。
 このとき、検査のため43日間の絶食を余儀なくされ、体重が58㎏から47㎏に減りました。

今度は長寿記録に挑んで国民の皆さんを元気づけたい

 私は薬漬けの生活は好きじゃありません。そうならないためには、少しでも早く病気を見つけて治療することが大事です
 三宅家は長寿の家系です。しかも健康管理にうるさい。私の親父は99歳で亡くなる直前まで自転車に乗って稲刈りをしていました。95歳まで病気らしい病気をしたことがなかった。姉が99歳、兄が91歳で存命です。99歳まで生きた親父、99歳で存命の姉や伯父に追いつき追い越すくらいまで私も長生きしたい。この年齢でもまだ元気だということを証明して、ご高齢の国民の皆さんを勇気づけたいと思っているのです。
 雑誌『けんいち』掲載の記事には、病気を克服したときの様子や過程、興味深いエピソード、朝風呂ストレッチなどについてよりくわしく書いてあります。ぜひ読んでみてください。

三宅義信さんの養生訓を掲載している雑誌『けんいち』情報

■雑誌名:『健康生活マガジン「健康一番」けんいち』Vol.18
■特集:「腸活・胃活~ガス、便秘、下痢、胃炎などおなかの不調を一気に解決!」
■116ページ
■定価:本体824円+税
■発行:株式会社ベースボール・マガジン社
■発売日:2018年12月22日。現在、全国の書店で発売中。お近くの書店でお求めになるか、ベースボール・マガジン社・受注センターにご注文ください。ベースボール・マガジン社・受注センター☎0120‐911‐410(月~金曜10時~12時、13時~16時。祝祭日は除く)。ベースボール・マガジン社のホームページ(http://www.sportsclick.jp/bookcart/)からもお求めいただけます。

画像: 三宅義信さんの養生訓を掲載している雑誌『けんいち』情報

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