※写真上=平成13年春場所、初土俵を踏んだ当時の白鵬は体重80キロの軽量だった
写真:月刊相撲

 知っているようで知らない大相撲豆知識。戦後の名力士にまつわる四股名の由来や記録などを中心に、Q&A形式でお届けします。
※分冊百科『大相撲名力士風雲録』創刊号から30号に連載した「大相撲クイズ」を編集、今回で最終です。

Q 優勝41回の大横綱・白鵬は序ノ口デビュー場所で負け越していますが、では双葉山以降、ほかに序ノ口最初の場所で負け越した横綱は?

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A 吉葉山、初代若乃花

 白鵬が育った宮城野部屋の創始者でもある吉葉山は、北糖山の四股名で初めて番付された昭和14年春(1月)場所で2勝5敗。初代若乃花は、若ノ花の名で番付された昭和22年夏(6月)場所で2勝3敗と、それぞれ序ノ口最初の場所で負け越しました。白鵬は自分以外に序ノ口負け越しの横綱がいないかを自ら調べ、他に二人いたことで「自分だけじゃなかったんだと落ち着くことができた」そうです。いずれも最初のつまずきを糧に。角界の頂点に立った強者といえるでしょう。

画像: 三段目時代、徐々に力をつけてきたころの吉葉山 写真:月刊相撲

三段目時代、徐々に力をつけてきたころの吉葉山
写真:月刊相撲

分冊百科大相撲名力士風雲録第30号「白鵬 日馬富士 鶴竜 照ノ富士」掲載

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